北アイルランドの文化——ベルファストとカトリック・プロテスタント
北アイルランドの首都ベルファスト。カトリックとプロテスタントの分断の歴史と、和平から30年近くを経た現在の街の空気を在住外国人の視点からレポートします。
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ベルファストに着いた最初の日、タクシーの運転手に「どこから来たの?」と聞かれ、次に「ここは初めて?」と聞かれた。「初めてです」と答えると、彼はしばらく沈黙してから言った。「ここはね、複雑な街だよ。でも今は良くなった」。
その「複雑さ」を理解するには、北アイルランドの歴史を少し知っておく必要がある。
ピース・ウォールが街を分ける
ベルファストの西側、フォールズ・ロードとシャンキル・ロードの間には「ピース・ウォール(平和の壁)」と呼ばれる高い壁がある。高さ4〜8メートルほどの金属製・コンクリート製の壁が、カトリック系(アイルランド共和主義者)とプロテスタント系(ユニオニスト)の居住地区を物理的に分けている。
「ザ・トラブルズ(The Troubles)」と呼ばれる宗派間の武力衝突は1960年代末から1998年のベルファスト合意(グッド・フライデー合意)まで約30年間続き、約3,500人が命を落とした。壁は衝突を防ぐために作られ、合意後も多くが残り続けている。
2026年現在、壁の撤去は進められているが、一部の地域ではコミュニティの反対もあり依然として残存している。
「どちら側か」という問い
外国人として北アイルランドで暮らすと、最初は戸惑う場面がある。「どこの出身?」「何という名前?」という何気ない会話が、相手の「帰属」を確認するための情報収集になっていることがある。名字・学校名・出身地区が、その人がカトリック系かプロテスタント系かを示す手がかりになるからだ。
外国人はこの分断の外側にいるため、かえって両側の人と自然に付き合えるという側面がある。日本人である自分には「どちら側か」という判定ができないため、逆に壁を感じずに話せることも多い。
変わりゆくベルファスト
ベルファスト市内、特にシティセンターは2010年代以降に大きく変わった。タイタニック博物館(2012年開業)を中心とした「タイタニック・クォーター」が観光の目玉になり、クリエイティブ産業・IT企業の誘致が進んだ。シリコン・ドックランズとも呼ばれる再開発エリアには、スタートアップや映像制作会社が集まっている(「ゲーム・オブ・スローンズ」の撮影スタジオもベルファスト近郊にある)。
若い世代ほど宗派の分断を「過去の話」として距離を置く傾向がある。ただ、壁が依然として存在し、特定の地区では「どちら側の人間か」という感覚が残る——これが現在のベルファストの正直な姿だ。
在住外国人として
日常生活でこの歴史を意識する場面はそれほど多くない。しかし、特定の地区を夜歩くとき、特定の話題がパブで出たとき、「この人はどちら側か」という視点が文脈として存在していることは知っておいた方がいい。
ベルファストは歴史的な重みと現代的な活気が混在する、ほかにない空気を持つ街だ。アイルランドのギネスとスコットランドのウイスキーが同じバーに並ぶ、そのアンビバレントな雰囲気が「ここにしかない文化」を生んでいる。