「北部対ロンドン」——イギリスの地域格差はなぜ縮まらないのか
マンチェスター、リバプール、リーズ。かつて産業革命を牽引した北部イングランドが、なぜ今も「置いてけぼり」と感じているのか。その構造を読み解きます。
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ロンドンで「北に行ったことある?」と聞かれたとき、「北」はスコットランドのことではない。マンチェスター、リバプール、シェフィールド、ニューカッスル。「北部イングランド(North of England)」のことだ。
この会話の背景には、イギリス社会が長年抱える地域格差への鋭い意識がある。
数字で見る南北格差
GVA(域内総生産)を地域別に見ると、ロンドンと南東部が突出して高い。2022年のデータ(ONS:英国国家統計局)では、ロンドンの一人当たりGVAは約5万3,000ポンド(約1,044万円)を超える一方、北東イングランドは約2万3,000ポンド(約453万円)程度と推定される。ほぼ倍の差だ。
平均賃金、失業率、平均寿命、生活満足度。どの指標を取っても、北部はロンドン・南東部より低い傾向がある。これは今に始まった話ではなく、少なくとも戦後から続く構造的問題だ。
産業革命の光と影
18〜19世紀、北部イングランドは世界の工場だった。マンチェスターの綿織物、シェフィールドの鉄鋼、リーズの毛織物。当時の北部は、現代でいえばシリコンバレーのような革新の震源地だった。
ところが20世紀中盤、製造業のグローバル競争激化とともに工場が次々と閉鎖された。1984〜85年の炭鉱ストライキは、サッチャー政権と労働組合の対決として知られるが、その実態は北部・中部の炭鉱町が産業転換の波に飲み込まれる過程でもあった。工場が消えた後に何が来たか。空洞化した市街地、失業、そして若者の流出だ。
Northern Powerhouseという試み
2014年、当時の財務大臣ジョージ・オズボーンが「ノーザン・パワーハウス」構想を打ち上げた。北部主要都市を交通・経済で結びつけ、ロンドン一極集中を是正しようという政策だ。マンチェスターの市長職を復活させ、権限委譲(デボリューション)を進める動きも加速した。
しかし効果については評価が割れる。High Speed 2(HS2)計画もたびたび縮小・見直しが繰り返され、北部の鉄道整備は後回しにされてきた。「ロンドンの交通インフラには巨額が投じられるのに、北部は後回し」という不満は根強い。
Brexitと地域感情
2016年のBrexit国民投票では、北部イングランドの多くの選挙区が離脱票を投じた。専門家の間では「グローバル化の恩恵を受けたロンドンとそうでない地域との、価値観と感情のズレ」が票に表れたと分析する声が多い。
「取り残された感(left behind)」という言葉がこの文脈で頻繁に使われた。それが正確かどうかはともかく、地域の経済的・文化的疎外感が投票行動に影響を与えたことは確かだろう。
移住先として北部を選ぶ人も増えている
逆説的な話として、近年はロンドンの家賃高騰を嫌ってマンチェスターやリーズに移住するロンドナーも増えている。リモートワークの普及がこの流れを加速させた。
北部の都市部はカフェ文化、音楽シーン、安い家賃という組み合わせで、特にクリエイティブ系の人々に選ばれつつある。マンチェスターはオアシス、ジョイ・ディヴィジョンを生んだ音楽の街としての顔も持つ。
格差の構造は簡単には変わらないが、北部の都市が新しい形で存在感を取り戻しつつあるのも確かだ。