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パントマイム——イギリス人がクリスマスに劇場で叫ぶ理由

イギリスのパントマイム(pantomime)は無言劇ではない。観客が叫び、俳優が女装し、下ネタと童話が融合する英国独自の演劇形式。毎年700万人が観る冬の国民行事の正体を解説する。

2026-05-10
イギリスパントマイム演劇クリスマス文化エンタメ

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「パントマイム」と聞いて、白塗りの道化師が無言で演技する姿を想像するなら、それはフランスのマイム(mime)だ。イギリスのpantomime(パント)は正反対——観客が大声で叫び、舞台と客席の境界が崩壊する、世界で最も騒がしい演劇形式だ。

毎年クリスマスシーズン、イギリス全土で約600以上のプロダクションが上演され、推定700万人以上の観客を集める(UK Theatre / SOLT統計)。ウエストエンドのミュージカルよりも多い。イギリス人の劇場初体験は、高い確率でパントマイムだ。

「He's behind you!」——参加する観客

パントマイムの最大の特徴は、観客が演劇に介入することだ。

悪役が主人公の背後に忍び寄ると、子どもたちが叫ぶ。「He's behind you!(後ろにいるよ!)」。主人公が「Where?(どこ?)」と振り返る。悪役が隠れる。子どもたちがさらに叫ぶ。これが3回繰り返される。台本通りだ。

善い登場人物が出てくると「Hurray!(やったー!)」、悪役が出てくると「Boo!(ブーッ!)」と叫ぶのも観客の「仕事」だ。初めて行くと、周囲の大人が本気で叫んでいることに驚く。30代の会社員が、5歳の子どもと同じテンションで「Boo!」と叫んでいる。

この「参加型」の形式は18世紀のイタリア即興喜劇(Commedia dell'Arte)を源流とし、ヴィクトリア朝のイギリスで現在の形に発展した。

Dame——男性が演じる女性キャラクター

パントマイムのもう一つの伝統がDame(デイム)だ。主人公の母親や叔母など、中年〜高齢の女性キャラクターを男性俳優が演じる。

Dameは美しく見せることが目的ではない。むしろ逆で、派手すぎるドレス、誇張された化粧、巨大なカツラで「明らかに男性が女装している」ことを前面に出す。ここに笑いが生まれる。下品なジョークを連発し、大人向けのダブルミーニング(二重の意味を持つせりふ)を子どもの頭の上で飛ばす。

子どもには童話として見え、大人にはコメディとして機能する——この二層構造がパントマイムの設計思想だ。

逆パターンもある。Principal Boy(ヒーロー役)は伝統的に女性が演じる。アラジンやジャックといった少年主人公を女優が演じる慣行は19世紀から続いている(近年は男性俳優が演じるケースも増えている)。

演目——童話のイギリス的改変

パントマイムの演目は限られている。シンデレラ、白雪姫、ジャックと豆の木、アラジン、眠れる森の美女、赤ずきん——誰もが知る童話をベースにする。

ただし、原作に忠実ではない。現代のポップカルチャー、政治風刺、時事ネタがふんだんに挿入される。シンデレラの舞踏会でDameがTikTokのダンスを踊ったり、悪役がBrexitを皮肉るジョークを言ったりする。

脚本は毎年更新され、その年の話題を反映する。だから「毎年シンデレラを見る」ことが可能で、実際にそうする家族は多い。同じ演目の「今年版」を見に行くという感覚は、日本の歌舞伎の繰り返し上演に近いかもしれない。

チケット価格とアクセス

パントマイムのチケットは、劇場の規模によって大きく異なる。

ロンドン・ウエストエンドの大規模プロダクション(London Palladiumなど)は£30〜£80(約5,850〜15,600円)。地方の市民劇場やレパートリーシアターでは£12〜£25(約2,340〜4,875円)。アマチュア劇団のプロダクションなら£5〜£10(約975〜1,950円)で見られる。

12月〜1月のシーズン中、地方都市のほぼすべての劇場が少なくとも1つのパントマイムを上演する。つまり、ロンドンに行く必要はない。最寄りの町の劇場で体験できる。

在住者として行くなら

「Oh no, it isn't!」「Oh yes, it is!」——このコール&レスポンスを聞いたことのないイギリス人はほぼいない。3歳から80歳まで同じ客席で同じタイミングで叫ぶ。世代間の共通言語として機能する数少ない文化装置だ。

12月〜1月に劇場のウェブサイトで「pantomime」を検索すれば、すぐにチケットが見つかる。英語が完璧でなくても問題ない。ストーリーは知っている童話だし、周りと一緒に叫べばいい。大人だけで行っても面白い——Dameのジョークのうち、子どもには分からない半分を回収できるからだ。


主な参照: UK Theatre / SOLT年間統計、Victoria and Albert Museum パントマイム展示資料、British Theatre Guide

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