イギリスのラウンドアバウト——信号機を置かない国の交通哲学
イギリスには約25,000のラウンドアバウト(環状交差点)がある。信号なし・停止線なし・右側優先の原則だけで交差点が回る。この仕組みが事故を減らす理由と、運転する際の実践ガイド。
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イギリスに来て車を運転すると、最初の試練は左側通行ではない。ラウンドアバウトだ。
信号がない。停止線がない。ただ円形の島があり、車がぐるぐる回っている。ルールは一つ——「右から来る車が優先」。これだけで毎日数百万台の車が交差点を通過している。
イギリス全土に約25,000のラウンドアバウト。人口一人あたりのラウンドアバウト数は世界トップクラスだ。
なぜ信号機ではなくラウンドアバウトなのか
ラウンドアバウトの最大の利点は「衝突角度の制限」にある。
信号機付き交差点では、赤信号無視による直角衝突(T-bone collision)が起きる。時速50km同士で直角に衝突すれば、衝撃は甚大だ。ラウンドアバウトでは、車はすべて同じ方向に回るため、衝突が起きても接触角度が浅くなり、速度差も小さい。
英国運輸省(DfT)のデータによれば、信号交差点をラウンドアバウトに変換した場合、死亡・重傷事故が約40%減少するとされる。全体の事故件数も約25%減少。
コストも違う。信号機の設置・維持には電力と定期的なメンテナンスが必要だ。ラウンドアバウトは舗装と植栽だけで済む。停電しても機能する——この点は、2022年のエネルギー危機で改めて注目された。
Magic Roundabout——5つのラウンドアバウトが合体した交差点
イギリスのラウンドアバウトへの執着を象徴するのが、スウィンドン(Swindon)のMagic Roundaboutだ。
中央の大きなラウンドアバウトの周囲に、5つの小さなラウンドアバウトが配置されている。大きな円は反時計回り、小さな円は時計回り——つまり2つの方向が同時に回っている。図で見ると悪夢のようだが、実際の事故率は通常の交差点より低い。
理由は「恐怖による減速」だ。ドライバーが慎重になり、速度を落とす。交通工学では「positive friction(生産的な摩擦)」と呼ばれる概念で、少しの不安が全体の安全性を高めるパラドックスがある。
運転する際の実践ルール
Highway Code(道路交通法規)の基本: 進入時は減速し、右から来る車を優先する。左折なら左車線、直進は表示に従い、右折なら右車線で進入して出口前に左車線へ移る。ウインカーは出口の手前で左を出す。文字にすると複雑だが、3〜4回体験すれば体が覚える。
ミニラウンドアバウトと中央の島
住宅街にはミニラウンドアバウト(mini roundabout)が大量にある。地面に白い円が描かれているだけで物理的な島はない。速度抑制が目的で、慣れると信号待ちのない交差点通過がいかに効率的か実感できる。
ラウンドアバウトの中央の島は地域のアイデンティティの表現場所にもなる。企業がスポンサーとして植栽の維持費を負担する「sponsor a roundabout」制度を設けている自治体もあり、年間£500〜£2,000(約9.7万〜39万円)で企業名入りの看板を設置できる。
日本との比較
日本にもラウンドアバウト(環状交差点)は2014年の道路交通法改正で正式導入された。しかし2024年時点で全国に約150箇所程度と、イギリスの25,000に比べると圧倒的に少ない。
日本でラウンドアバウトが増えない理由はいくつかある。用地の問題(交差点を円形にするには広い土地が必要)、歩行者の横断処理の難しさ、そして何より「信号機に慣れた国民の心理的抵抗」だ。
イギリスでは「信号がないこと」が効率と安全を両立させている。人間の判断力を信頼するか、機械の制御に頼るか——交差点の設計思想は、国の人間観を映す鏡かもしれない。
主な参照: 英国運輸省(DfT)Road Safety Data、Highway Code ラウンドアバウト規定、Transport Research Laboratory(TRL)ラウンドアバウト安全性研究、国土交通省 環状交差点設置状況