Sorryの国——イギリス人が1日に平均8回謝る理由
イギリス人は1日に平均8回「Sorry」と言うという調査がある。ぶつかった人に謝り、ぶつかられた人も謝る。この「Sorry」は謝罪ではない。イギリス社会を動かす潤滑油としてのSorryの正体。
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2016年のYouGovの調査によると、イギリス人の40%以上が「無生物にぶつかってもSorryと言ったことがある」と回答した。テーブルの角にぶつかって「Sorry」。自動ドアが開くのが遅くて「Sorry」。誰も聞いていないのに。
別の調査では、イギリス人は1日に平均8回「Sorry」と言うとされている。この数字の正確性はさておき、ロンドンの地下鉄に乗れば1時間で10回以上のSorryを耳にするのは事実だ。
Sorryの7つの意味
イギリスのSorryは謝罪ではない。少なくとも、大半の場合は。文脈によって全く異なる機能を持つ。
1. 注意喚起のSorry: 「Sorry, could I get past?」(すみません、通してもらえますか?)。Excuse meの代替。
2. 同意しないときのSorry: 「Sorry, but I don't think that's quite right.」(申し訳ないけど、それはちょっと違うと思います)。反論の前に置くクッション。
3. 聞き取れなかったときのSorry: 「Sorry?」(もう一度?)。Pardon?やWhat?よりも丁寧。
4. 同情のSorry: 「I'm sorry to hear that.」(それは大変でしたね)。自分に非がなくても使う。
5. 非のない衝突のSorry: 歩道でぶつかりそうになったとき、どちらに非があるかは関係なく、両者が同時に「Sorry」と言う。日本の「すみません」に近い。
6. 存在を詫びるSorry: レストランでウェイターを呼ぶとき「Sorry, could we order?」。自分がウェイターの時間を奪うことへの先回りの詫び。
7. 本気の謝罪のSorry: 「I'm really, truly sorry.」。reallyやtrulyを付けて初めて「本気で謝っている」というシグナルになる。
なぜイギリス人はこうなったのか
社会人類学者のケイト・フォックスは著書『Watching the English』で、イギリス人のSorryを「社会的不安の回避装置」と分析している。
イギリス社会には「embarrassment(気まずさ)」を極度に嫌う性質がある。沈黙が気まずい。対立が気まずい。誰かの空間に侵入するのが気まずい。Sorryはその気まずさが発生する前に、先回りして空気を和らげるための発声だ。
日本語の「すみません」との類似性は多い。ただし「すみません」が「自分が小さくなる」方向に機能するのに対し、イギリスのSorryは「相手の領域を侵害していないことを確認する」方向に機能する。微妙な差だが、背景にある社会構造が違う。
Sorryを使いこなす
イギリスに住み始めた日本人が最初に直面するのは、Sorryの使い方が分からないことではなく、Sorryが多すぎて本心が読めないことだ。
上司が「Sorry, but we need to talk about your report.」と言ったとき、これは謝罪ではない。「あなたのレポートに問題がある」という意味だ。イギリス式の婉曲表現では、Sorryの後に来る内容が本題であり、Sorryは衝撃を和らげるバンパーにすぎない。
逆に、イギリス人に「Sorry」と言われたときに「No, it's my fault!」と大げさに反応すると、相手は戸惑う。期待されている反応は「No worries」「That's alright」「Not at all」——軽く受け流すことだ。
英語圏の中のイギリス英語
アメリカ人はイギリス人ほどSorryを使わない。オーストラリア人はSorryの代わりに「No worries」を多用する。カナダ人はイギリス人に近いSorry文化を持つが、イギリスほど階層的なニュアンスはない。
イギリス英語の特徴は、直接的な表現を避けることにある。「That's interesting.」は「興味深い」ではなく「同意しない」。「With respect,」の後には必ず反論が来る。「I'll bear that in mind.」は「忘れます」という意味だ。
Sorryはこの婉曲表現システムの基礎単語。これが使えるようになると、イギリスの社会的なコードが少しずつ読めるようになる。
主な参照: Kate Fox "Watching the English"(2014 revised edition)、YouGov Survey "British Apologies"(2016)、Oxford English Dictionary "sorry" 語用論解説