9月、英国の子どもは木の実を紐で吊るして戦わせる——コンカーという秋の儀式
秋の英国では、トチノキの実を紐に通して打ち合う遊びが校庭に現れる。単純な遊びに見えるこの慣習が、季節・自然・子どもの自治をつなぐ装置になっている。
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9月になると、英国の公園でうつむいて歩く親子が増えます。探しているのはトチノキの実です。緑のトゲトゲした殻が割れて、中から茶色く光る実が出てくる。拾った瞬間はニスを塗ったように光り、数日で艶が引いていく。これをコンカーと呼びます。
拾った実に穴を開け、靴紐を通して結ぶ。二人が向かい合い、片方が自分の実を吊るして静止させ、もう片方が自分の実を振り下ろして叩く。割れたほうが負け。ルールはこれだけです。
遊びの構造がやたらと洗練されている
単純に見えて、この遊びにはよくできた点がいくつもあります。まず、道具が無料です。公園に落ちているものを拾えばいい。買える人と買えない人の差が生まれません。
次に、勝ち負けが即座に決まる。判定に大人が要らない。そして勝った実には勝ち星が累積するという慣習があり、何個倒した実かで格付けされていきます。勝った相手の戦績を引き継ぐルールが加わる地域もあります。子どもたちが自分たちで持ち点の計算をし、記録を管理する。
大人の管理が一切入らないところで、通貨と記録と格付けが自然発生している。子どもの遊びが小さな市場になっている例として、かなり整っています。
記録が自然に残るという点では、大人の世界にも似た仕組みがあります。パブのカウンターで、列がないのに順番だけが正確に守られるのも、誰かの頭の中に台帳があるからです。英国では、明文化されていない記録が想像以上に正確に機能します。
硬さをめぐる軍拡競争
勝つには実を硬くすればいい、と誰もが考えます。そこで、乾燥させる、酢に漬ける、熱を加えるといった加工の噂が代々受け継がれてきました。効くのか効かないのかは怪しく、多くは民間伝承の域です。
一方で、これらの加工は不正だと見なされる場面もあります。何が許されて何がずるなのか、明文化された規則はない。にもかかわらず、校庭ごとにおおよその合意が成立している。慣習法がどう生まれるかの縮図です。
危ないから禁止、という話
一時期、この遊びを危険視して制限する学校があり、報道で取り上げられたことがありました。目に当たる危険があるという理由です。保護具の着用を求めた例が話題になったこともあります。
こうした話は、英国で「過剰な安全規制」の象徴として繰り返し引用されてきました。実際にどの程度広く行われたのかは誇張されている面もあり、報道が一人歩きした部分もあります。ただ、この話題が定期的に燃えること自体が、英国人がこの遊びに何を託しているかを示しています。管理されない子ども時代の最後の砦、という感覚があるのでしょう。
木そのものが減っている
近年、この遊びの前提が別の理由で揺らいでいます。トチノキが病害虫の被害を受けており、木の健康状態が悪化している地域があるためです。8月のうちに葉が茶色く縮れ、秋を待たずに枯れたように見える木が、英国各地で見られるようになりました。
実の質や量に影響が出れば、遊びの前提が細ります。子どもの慣習が、樹木の病気という生物学的な事情に左右される。文化が自然の上に乗っていることを、こういう形で思い出させられます。
在英日本人の家庭でできること
英国の一年は9月に始まります。子どもが英国の学校に通い始めると、その最初の数週間で突然コンカーの話をしてきます。事情を知らないと何のことかわかりません。公園でトチノキを探して一緒に拾い、紐を通してやると、それだけで学校の輪に入れます。
どこに木があるかは、通学路に立つ横断整理員に聞くのが早い。毎朝同じ場所に立っている人は、たいてい近所の木の場所を知っています。
紐は靴紐で十分です。穴を開けるのは大人がやったほうが安全で、ドリルや千枚通しを使います。実は水に浮くものより沈むもののほうが中身が詰まっていると言われますが、これも確実な話ではありません。試してみるのがこの遊びの本体です。
同じ時期、生垣ではブラックベリーが摘まれています。実を拾う季節が、英国の秋の週末の使い道を決めている。
日本の子どもがドングリを拾うのと、やっていることは大差ありません。違うのは、拾った後に勝敗と記録が付いてくること。秋の公園でうつむいている人を見かけたら、それは季節の合図です。