20年間光が差し込めば、その光は権利になる——1832年の法律が今も止めている建設計画
イギリスには「採光権」という物権がある。20年使い続けた窓の光が法的権利に変わる仕組みは、ロンドンの再開発を今でも縛っている。
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イギリスには「時間が経過すると光が財産になる」という法律があります。ある窓が20年間途切れることなく自然光を受け続けると、その光を受ける権利が法的に確立する。以後、隣地の所有者は、その光を著しく遮る建物を建てられなくなります。
根拠法はPrescription Act 1832。193年前の法律が、今日のロンドンのオフィスビル計画を止めることがあります。
建築許可を取っても建てられない
多くの人が誤解するのは、この権利と都市計画の許可(planning permission)が別系統だという点です。
自治体から建築許可が下りても、それは隣地の採光権を侵害してよいという意味にはならない、というのが一般的な解釈です。許可は公法上の判断であり、採光権は私法上の権利。層が違うので、片方をクリアしてももう片方は残る。
その結果、許可済みの開発計画が、隣接ビルの所有者からの差止請求で止まることが起こります。イギリスの不動産開発において、rights of light(採光権)の調査は初期段階の必須作業になっています。
「十分な光」とは何センチか
面白いのは、この権利が光を全部保障するものではないことです。
隣人がある程度光を減らしても、それ自体は侵害にならない。問題になるのは、残された自然光が「その部屋の通常の用途に十分でない」水準まで落ちた場合だとされています。
つまり判断基準は、失われた光の量ではなく、残った光の量です。ここが直感に反します。日本で日照問題を考えるとき、多くの人は「何時間減ったか」を問題にする。イギリスの採光権は、「まだ足りているか」を問う。
減少分ではなく残存分で判断する。会計における減価償却ではなく、簿価に近い考え方です。
1年の中断で権利は生まれない
20年という期間には抜け道が用意されています。Rights of Light Act 1959やPrescription Act 1832の規定により、光の享受が継続的に1年間妨げられ、それに対して異議が出されなければ、20年の計算は成立しなくなるとされます。
歴史的には、隣地に高い板塀(screen)を立てて光を遮り、20年の累積を止めるという手法が使われました。現代では、自治体に「light obstruction notice」を登録することで、物理的な構造物を建てずに同じ効果を得る制度が整えられています。
法的な権利の成立を、壁一枚で阻止できる。この即物性が、イギリスの財産法の面白いところです。
なぜ1832年に法制化されたのか
この法律の年代を見ると、産業革命の真っ只中です。都市に人が集中し、建物が高く密になっていった時期。
それまでのイギリスでは、土地の上空はどこまでも所有者のものという原則が支配的でした。しかし建物が高層化すると、その原則は隣地の窓を無条件に暗くします。誰も止められない。
Prescription Act 1832は、その無制限の上空所有権に、時間という別の原理で制約をかけました。長く続いた事実状態は、それ自体が保護に値する——これは所有権とは別種の正当性です。占有や慣行が権利を生むという、コモンローの思考が明確に出ている。
土地への立ち入り権(right to roam)や公共歩道権(public footpath)と同じ系譜です。イギリスの土地法は、所有権の上に、長年の使用によって生まれた権利を重ねていく構造になっている。
住む側が知っておくと役立つこと
賃貸で住む場合、採光権は原則として所有者の権利であり、借主が直接行使する立場ではないのが一般的です。ただし、隣で工事が始まって部屋が暗くなったときに何が起きているのかは理解しておくと役に立ちます。
購入を検討している場合は、話が具体的になります。物件の周辺に開発予定地があるかどうか、その物件自身の窓が採光権を持っているかどうかは、売買の過程で調査される項目のひとつです。コンベヤンシング(権利移転手続き)を依頼する事務所に、この点を確認しておくと安心できます。
ロンドンのビクトリア朝の住宅街に、なぜ極端に高い建物が少ないのか。理由は容積率だけではありません。19世紀に開いた窓が、いまだに上空を押さえているという見方も、たぶん間違ってはいないはずです。