テラスハウスの裏に走る細い路地——ゴミと石炭が作った英国の裏動線
英国の連棟住宅の裏には人がすれ違うのがやっとの路地が通っている。石炭とゴミの搬入路として作られたこの空間が、いまは別の役割を担っている構造を見る。
この記事の日本円換算は、1GBP≒213円で計算しています(2026年6月時点)。為替は変動するので、現地通貨(GBP)の金額を基準にしてください。
英国北部の工業都市を歩くと、連棟住宅の列と列のあいだに、幅1メートルほどの舗装路が走っているのを見かけます。両側を高い塀に挟まれ、まっすぐどこまでも続く。地域によって呼び方が変わりますが、一般にバックアレー、あるいはジニルなどと呼ばれる裏路地です。
車は入れません。人がすれ違うのもやっとです。この土地の使い方は、住宅を詰め込みたい都市の論理からすると、明らかに不合理に見えます。
玄関に持ち込みたくないものがあった
作られた理由は搬入と搬出です。19世紀から20世紀前半の住宅では、暖房と調理に石炭を使っていました。石炭は重く、汚れます。これを表の玄関から居間を通して運び込むわけにはいきません。
同時に、出ていくものもありました。灰と生活のゴミ、そして水洗設備が普及する前の屎尿です。汚れたものを、住民の目に触れる表通りではなく裏側に集約する。清潔と不潔の動線を分けるという、いまの建築でも使われる考え方が、街区の設計に埋め込まれています。
同じ思想は建物の内側にも通っています。ヴィクトリア朝の住宅が玄関ホールと前後の部屋を分けているのも、見せる空間と見せない空間を切り分けるためでした。街区の裏に路地を回すか、家の中に廊下を通すか。縮尺が違うだけで、やっていることは同じです。
病院で清潔なものと汚れたものの通路を分けるのと同じです。19世紀の労働者住宅で、その分離がすでに実装されていた。
石炭が消えた後に残った空間
20世紀後半、家庭の暖房がガスや電気に切り替わり、石炭の搬入は消えました。屎尿の処理も水洗に置き換わりました。裏路地の当初の用途は、ほぼ全部なくなったことになります。
それでも路地は残りました。土地の権利関係が複雑で潰しにくいという事情もありますが、新しい用途が見つかったからでもあります。ゴミ収集用のビンを置く場所、自転車の出入り、庭の資材搬入。そして子どもの遊び場です。
実際、この路地の主役はいまや車輪付きのビンです。収集日の前夜になると、色分けされたビンが路地に並びます。何色を何曜日に出すかは自治体ごとに違い、そこにその地域の運用がそのまま出ます。ビンを引きずる音が塀に反響する。石炭を運ぶために作られた幅が、いまはプラスチックのビンの幅に合っている。
車が入れないという当初の欠点が、車社会になってから利点に反転しました。表通りが駐車と通行で埋まった住宅地で、車の来ない細長い空間が一本走っている。都市計画が意図しなかった安全地帯が、副産物として存在しています。
犯罪の通り道にもなる
一方で、問題も抱えています。両側を塀に囲まれ、表から見通しが効かない路地は、侵入や置き引きの経路になりやすい。家の裏口や庭が路地に面しているため、そこから入られる懸念があります。
このため、住民の合意で路地の両端に施錠式の門を設置し、住民だけが鍵を持つという対策が各地で取られてきました。共用空間を半私有化することで、見通しの悪さを閉鎖性に変える。同じ空間の性質が、目的次第で長所にも短所にもなる例です。
家を探すときに確認したいこと
英国で古いテラスハウスを借りたり買ったりするとき、裏路地の存在は物件の使い勝手を左右します。ゴミ出しの動線がここになるのか、自転車を裏から出せるのか、庭の門に施錠できるのか。
内見のときに見ておきたいのは、裏口の扉と庭の門の状態です。錠が壊れたまま放置されている物件は珍しくありません。路地に面した門が施錠できないと、庭に置いたものが持っていかれる可能性が上がります。修繕の責任が貸主にあるのか借主にあるのかは契約次第なので、入居前に確認しておくと後で揉めません。
もう一つは、路地の管理状態です。ゴミが放置され草が伸び放題の路地と、住民が清掃している路地では、その街区の人間関係の密度が違います。連棟住宅は壁一枚で隣と接しているので、隣人との距離感は生活の質に直結します。物件そのものより、裏側のほうが近所の実情を正直に語ることがあります。
150年前に石炭を運ぶために作られた1メートルの隙間が、いまも住まいの快適さを決めている。英国の街は、こういう時間の層でできています。