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香港仔の水上居民は、陸に上がった後も海を忘れない

香港島の南側にある香港仔(アバディーン)には、かつて数千人の水上居民(蛋家)が暮らしていた。高層住宅に移った今も、海との関係は続いている。

2026-05-08
香港香港仔アバディーン水上居民蛋家漁村

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香港島の南岸、香港仔(アバディーン)のハーバーに行くと、水面に停泊する数百隻の船が見える。そのうちの一部は、かつて住居として使われていた。船の上で生まれ、船の上で育ち、船の上で死ぬ——そういう人々がこの港に暮らしていた。

蛋家: 海の上の少数民族

香港仔に暮らしていた水上居民は「蛋家(ダンガー)」あるいは「蛋民」と呼ばれる。蛋家は広東・福建沿岸に数百年にわたって暮らしてきた水上生活者で、陸地の住民からは差別的に扱われてきた歴史がある。

清朝時代、蛋家には科挙(官僚登用試験)の受験資格がなく、陸地に定住することも制限されていた。彼らは漁業と水上運輸で生計を立て、船をそのまま住居とした。

1950年代〜60年代のピーク時、香港仔には推定15万〜20万人の水上居民がいたとされる。香港全体では約25万人。ハーバーには船が隙間なく並び、船と船の間に板を渡して行き来していた。

陸への移行

1960年代以降、香港政府は水上居民の陸上移住を推進した。公共住宅(公屋)の建設が進み、水上居民も入居資格を得た。

移住の背景には衛生問題がある。船上の生活には上下水道がなく、排泄物は直接海に流していた。台風のたびに船が転覆し、死者が出ることも珍しくなかった。1962年の台風ワンダは香港全体で130人以上の死者を出し、水上居民への被害が大きかった。

1970年代〜80年代にかけて、大半の水上居民が陸上の公共住宅に移った。香港仔近くの華富邨(Wah Fu Estate)は、水上居民のために建設された公共住宅の1つだ。

残っている船

2020年代の香港仔ハーバーには、まだ数百隻の船が停泊している。その多くは漁船で、居住用に使われている船は少なくなったが、ゼロではない。

高齢の元水上居民が1人で船に暮らしているケースがある。陸に上がっても落ち着かず、船に戻ってきた人たちだ。子どもは公共住宅に住み、親だけが船にいる。

ハーバーには水上レストラン「珍寶海鮮舫(Jumbo Floating Restaurant)」があったが、2022年に曳航中に南シナ海で沈没し、大きなニュースになった。1976年開業の巨大な水上レストランは、香港仔のランドマークだった。

サンパン: 港の中のタクシー

香港仔ではサンパン(舢舨)と呼ばれる小型のモーターボートが、港内の移動手段として今も使われている。岸壁から停泊中の船まで、あるいは対岸の鴨脷洲(アプレイチャウ)まで、サンパンが人を運ぶ。

サンパンの運賃は1回HKD 5〜10(約100〜200円)程度。観光客向けのハーバーツアー(約30分)はHKD 50〜80(約1,000〜1,600円)。岸壁に立っていると、サンパンの船頭が「ツアー?ツアー?」と声をかけてくる。

サンパンから見る香港仔の風景は独特だ。一方に船の群れがあり、もう一方に高層住宅が壁のように並んでいる。海から陸への移行が、景色の中に同時に見える。

鴨脷洲: 世界で2番目に人口密度が高い島

香港仔の対岸にある鴨脷洲(アプレイチャウ)は面積1.32㎢の小島で、人口は約86,000人(2021年国勢調査)。人口密度は1㎢あたり約65,000人で、世界で最も人口密度が高い島の1つとされる。

鴨脷洲と香港仔は全長230mの鴨脷洲大橋で結ばれている。島内には公共住宅の高層棟が林立し、水平方向に広がれないため垂直に伸びた。

元水上居民の多くがこの島に移り住んだ。海の上の水平な暮らしから、高層住宅の垂直な暮らしへ。同じ人々が、同じ場所で、生活の軸を90度回転させた。

魚市場と海鮮

香港仔魚市場(Aberdeen Fish Market)は今も稼働している。早朝に行くと、トロール船から水揚げされた魚がセリにかけられている。

市場の隣には海鮮レストランが並んでおり、市場で買った魚を持ち込んで調理してもらう「代客加工」のスタイルが残っている。調理費はHKD 50〜150(約1,000〜3,000円)で、魚の代金と合わせてもHKD 200〜400(約4,000〜8,000円)で新鮮な海鮮料理が食べられる。

香港仔に行くと、香港が漁村から始まった街であることを思い出す。ビクトリアハーバーの対岸から見る香港のスカイラインは金融都市の顔だが、南岸の香港仔にはまだ海の記憶が残っている。

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