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生活・移住

2020年以降、香港に残った日本人と離れた日本人——何が分岐点になったか

国安法施行後の香港で、日本人が残る判断と離れる判断を分けた構造的要因を分析。家族構成・キャリア・資産規模の3軸で整理。

2026-04-06
香港国安法駐在移住帰国判断

この記事の日本円換算は、1HKD≒20円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(HKD)の金額を基準にしてください。

2020年6月30日、香港国家安全維持法(国安法)が施行されました。それ以降、「香港に残るか、離れるか」は在港日本人にとって避けて通れない問いになりました。

外務省の海外在留邦人数調査統計によると、香港の在留邦人数は2019年10月時点で約2.5万人。2023年10月時点で約2.3万人。約2,000人が減少しています。減少率は約8%——劇的な流出ではないが、増加傾向が続いていた2019年以前と比べると明確な転換です。

この2,000人の差の中に、どんな判断があったのか。感情論ではなく、構造で見ていきます。

離れた人たちの判断軸

家族——子どもの教育が最大の駆動力

離れた日本人の多くが挙げる理由は「子どもの教育環境」です。

国安法施行後、香港の学校では愛国教育が強化されました。日本人学校には直接の影響は限定的ですが、「子どもが育つ社会の空気」に対する懸念は強かった。特にインターナショナルスクールに通わせていた家庭では、学校のカリキュラムや教師の言動に対する不安が具体的な移動理由になりました。

子どもが中学生以上で「受験を控えている」場合、タイミング的に日本に戻す合理性が強まります。帰国子女枠の活用を考えると、高校受験前に帰国するという計算が働きます。

キャリア——会社が決める部分と個人が決める部分

駐在員の場合、「離れる」判断は本人よりも本社が下すことが多い。日本企業の中には、2020〜2021年にかけて香港拠点を縮小し、駐在員の一部をシンガポールや東京に異動させたところがあります。

現地採用の場合、判断は個人に委ねられます。「この会社を辞めて日本に戻るか、別の国に行くか」という選択で、香港での年収(一般的にHKD 30万〜60万/年、約600万〜1,200万円)を手放すかどうかが焦点になります。

金融業界のプロフェッショナルの中には、香港からシンガポールに移った人が一定数います。シンガポールの金融センターとしての機能が強化されたことと、ビザの取得可能性が合致した結果です。

資産——持っている資産の種類が動きを制約する

香港に不動産を所有している場合、離れるハードルが上がります。香港の不動産市場は2020年以降、取引量が減少し、売却に時間がかかるようになった。「売れないから動けない」という状況に陥った人もいます。

逆に、資産が流動的(金融資産中心)な人は、物理的な制約なく移動できた。国安法施行直後に資産の一部を海外に移し、その後で自身も移った——というパターンは、金融関係者に多い。

残った人たちの合理性

生活の基盤がある

香港に10年以上住み、永久居民身份証(永住権)を持ち、不動産を所有し、子どもが現地校で育っている——こうした人にとって、「離れる」コストは非常に高い。生活のすべてを香港に構築してきた人は、法律が変わったからといって簡単には動けません。

実務上の影響が限定的

国安法は政治的な活動に対する法律であり、一般のビジネスパーソンの日常生活に直接影響する場面は限定的です。デモや政治発言に関わらない限り、日常の仕事・生活は以前と大きく変わっていない——という実感を持っている在港日本人は少なくありません。

「何かが起きるかもしれない」という不安と、「実際には何も起きていない」という日常のギャップ。このギャップの中で、「今の生活に不満がないから動く理由がない」という判断は合理的です。

香港の金融インフラを手放せない

香港の税制(個人所得税の上限15%、キャピタルゲイン税なし、配当所得非課税)と金融インフラは、特に金融業界のプロフェッショナルにとって大きな魅力です。同等の条件をシンガポールで得られるとは限らない(シンガポールの個人所得税は最高22%)。

香港ドルのUSDペッグ制度も、資産管理の観点から安心材料です。

代替先がない

「香港を離れてどこに行くか」という問いに対して、明確な答えがないケースも多い。日本に帰ると年収が下がる。シンガポールはビザが取れるかわからない。他のアジアの都市では同等の金融インフラがない。

結果として「積極的に残る」のではなく「離れる先がないから残る」という消極的な選択になることもあります。

2026年時点での実態

国安法から6年が経ち、当初の緊張感は薄れています。香港は経済活動を正常化させており、国際金融センターとしての機能は維持されています。

一方で、国安法に加えて2024年3月に施行された「基本法第23条」(国家安全条例)により、法的な枠組みはさらに強化されました。「日常に影響がない」のは、法の適用範囲に入らない活動をしている限りにおいてです。

在港日本人のコミュニティは緩やかに縮小しながらも、残った人たちの間では「この環境で生きていく」という覚悟が固まっている印象があります。

「残る」「離れる」に正解はありません。家族構成・キャリアのステージ・資産の流動性——この3つの変数によって、同じ状況でも合理的な判断は異なります。

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