月HK$5,000で1.4㎡。香港の「棺桶部屋」が存在し続ける理由
香港には20〜240万人がケージホームや棺桶部屋と呼ばれる極小住居に暮らしている。普通の賃貸より割高な「劣悪な部屋」がなぜ市場に存在し続けるのか、その構造を読み解く。
この記事の日本円換算は、1HKD≒20円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(HKD)の金額を基準にしてください。
香港の一般的な分割賃貸住居(サブディバイデッドユニット)の中央賃料は月HK$5,000(約10万円)だ。面積は中央値で約10㎡。コンビニのトイレよりやや広い程度のスペースに、生活を全て収める。ケージホーム(本当に金属の格子で仕切られた居住空間)に至っては1.4㎡という記録もある。これは東京で言えば、駅のコインロッカーを積み上げた大きさだ。
何が「棺桶部屋」なのか
香港の劣悪住居は大まかに3種類に分類される。
一つ目は「ケージホーム(籠屋)」。文字どおり、金属製の格子で仕切られた棚のような空間で、かつては港湾労働者や高齢の単身男性が多く住んでいた。最盛期には1万人以上が暮らしていたとも言われ、今も数千人規模が残るとされる。
二つ目は「棺桶部屋(棺材房)」。木材やパネルで仕切られた1〜2㎡程度の個室で、ベッド一台分の空間に扉だけがついたもの。ケージよりプライバシーはあるが、面積はほぼ同じだ。月HK$2,000〜3,000(約4〜6万円)程度のものから、立地によってはHK$5,000を超えるものまである。
三つ目が「サブディバイデッドユニット(劏房)」。既存のアパートを不法・合法に細分化したもの。こちらはやや広く、10㎡前後のものが多い。2024年末時点で香港全体の推定22〜24万人がこれらのカテゴリに暮らしているとされる(社会福祉機関の推計)。
なぜ割高な「悪条件住居」が存在するのか
不思議に思えるのは、香港のサブディバイデッドユニットの「平方フィートあたり賃料」が、通常のアパートより高いという点だ。香港中文大学の調査では、分割住居の単位面積あたり賃料は普通の民間住宅より「驚くほど高い」と結論づけられている。
なぜこんな構造が成立するのか。
第一に、香港の公共住宅(公的賃貸、HOS)へのウェイティングリストが平均5〜6年に達しているからだ。申請から入居まで何年も待つ間、選択肢がない人々が市場に吸収される。
第二に、最低限の「入口」として機能しているからだ。香港への移民、本土からの家族の呼び寄せ、高齢者の単身世帯。いずれも初期費用が少なく、契約条件が緩やかな分割住居に流れ込む。連帯保証人が不要、身分証明書の審査が緩い、という点が「市場に居場所がない人の居場所」になっている。
2024年の住宅改革と限界
2024年10月、香港政府の施政方針演説で「劏房規制条例」が提案された。最低住居面積を8㎡(約86平方フィート)に定め、窓・換気・独立した洗面設備を義務付けるというものだ。2025〜2026年にかけて施行される予定だが、業界からは「8㎡以下のユニットが単純に消えるだけで、住民が路頭に迷う」という批判も出ている。
香港フリープレスの2024年10月の報道によれば、この改革は「棺桶部屋には触れない」設計になっている。8㎡基準を満たさない住居が廃止されれば、その住民はさらに劣悪な場所か、または香港外に追い出されることになりかねないという懸念がある。
「高い家賃」の上に成り立つ都市
香港全体の住宅価格は、2024年第3四半期時点で平方メートルあたり平均HK$147,183(約294万円)。世界でも指折りの水準だ。この数字の「上」に成り立っているのが高級コンドミニアム群であり、その「下」の構造にケージホームや棺桶部屋がある。
香港に移住・赴任する日本人のほとんどは、この底辺に直接触れることはない。ただ、香港という都市の「全体」を理解しようとするなら、この構造の存在を知っておく価値はある。家賃が高いと感じるのは普通の感覚だが、その高さはグラデーションの中間地点であって、最も過酷な場所はさらにその下にあるということだ。
香港の棺桶部屋が「解決」されない最大の理由は、解決することが「その人たちの唯一の選択肢を奪う」というジレンマの中にある。これは住宅問題というより、都市の包摂構造の問いだ。