茶餐廳はなぜ潰れないのか——香港式カフェの経営方程式
香港の茶餐廳(チャーチャンテン)は家賃が世界一高い都市でHKD 30〜50のセットを出しながら存続している。その経営の秘密は、回転率・メニュー設計・時間帯別戦略にある。
この記事の日本円換算は、1HKD≒20円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(HKD)の金額を基準にしてください。
香港の茶餐廳(チャーチャンテン)のランチセット。焼味飯(ローストミートご飯)+飲み物でHKD 45(約900円)。世界一家賃が高い都市で、この価格で食事を提供して利益が出る。飲食業の常識から言えばありえない。
だが香港に約6,000店(食物環境衛生署の推計)ある茶餐廳は、半世紀以上この方程式を回し続けている。
回転率という解法
茶餐廳の席に座ると、テーブルに相席になることが多い。4人掛けのテーブルに知らない人と向かい合って食べる。日本のファミレスでは考えられないが、香港では常識だ。
この相席文化は回転率を最大化するための設計だ。昼食のピーク時(12:00〜13:30)に、1席あたり3〜4回転する。90分で3回転ということは、1人あたりの滞在時間は約25分。注文→提供→食事→会計が25分で完了する。
カフェがおしゃれな空間と長時間滞在を売るビジネスだとすれば、茶餐廳は正反対だ。空間は狭く、装飾は最小限、客は急かされるように食べて出る。だが、この「急かし」が経営を成立させている。
メニューの幅は「保険」
茶餐廳のメニューは異常に多い。朝食セット、ランチセット、ディナー、麺類、ご飯物、パン、サンドイッチ、マカロニスープ、飲み物——100品以上を扱う店もある。
多すぎるメニューは非効率に見えるが、これは時間帯ごとに異なる客層をカバーするための「保険」だ。
- 朝(7:00〜10:00): トースト+卵+ミルクティーの朝食セット。通勤前のビジネスパーソン
- 昼(12:00〜14:00): 焼味飯、麺類。近隣のオフィスワーカー
- 午後(14:00〜17:00): 下午茶(アフタヌーンティー)セット。主婦、高齢者
- 夜(18:00〜22:00): ディナーセット、炒め物。家族連れ
1日4つの時間帯をカバーすることで、家賃を時間で割った「1時間あたりのコスト」を下げている。
鴛鴦(ユンヨン)——効率の結晶としての飲み物
茶餐廳を象徴する飲み物が鴛鴦(ユンヨン)。コーヒーと紅茶を混ぜた飲み物だ。
「コーヒーか紅茶か」の二択を「混ぜればいい」で解決したこの飲み物は、茶餐廳の経営哲学そのものだ。西洋料理(マカロニスープ、トースト)と中華料理(粥、焼味)を同じメニューに載せる、ジャンルの境界を気にしない実用主義。
家賃との闘い
茶餐廳の最大の敵は食材費ではなく家賃だ。セントラルや尖沙咀(チムサーチョイ)の1階路面店は月額HKD 10万〜30万(約200万〜600万円)の家賃がかかる。
この家賃に対抗するために、茶餐廳は以下の戦略を取っている:
- 2階以上に入居する: 1階の半額以下で借りられる
- 住宅街に立地する: 商業地より家賃が安い
- 面積を最小限にする: 20〜30席の小規模店が多い
それでも家賃の上昇に耐えられず閉店する茶餐廳は後を絶たない。2010年代以降、古い茶餐廳が毎年数十〜百店単位で消えている。
茶餐廳は香港の「安くて速い」食文化の象徴だが、その裏側は、世界一の家賃と戦い続ける経営者たちの息の詰まるような効率化の歴史だ。