段ボールを拾う高齢者——香港の年金制度が映す「自助」の限界
香港の街中で段ボールを集めて売る高齢者の実態と背景を解説。MPF(強制積立年金)の構造的欠陥、高齢者貧困率、生活保護制度(CSSA)、そして「豊かな都市の貧困」という矛盾を在住者向けに分析。
この記事の日本円換算は、1HKD≒20円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(HKD)の金額を基準にしてください。
香港の1人あたりGDPは約USD 50,000。世界トップ20に入る「豊かな都市」だ。その街角で、80代の女性が段ボールを紐で束ねてリサイクル業者に持ち込んでいる。1kgあたりHKD 0.5〜1.0(約10〜20円)。1日分の収入はHKD 50〜100(約1,000〜2,000円)程度。
この光景は観光ガイドには載らない。しかし、香港に住めば毎日目にする日常だ。
MPFは「年金」ではない
香港には日本のような公的年金制度がない。2000年に導入されたMPF(Mandatory Provident Fund/強制積立年金)は、雇用主と従業員が給与の各5%を積み立てる確定拠出型の制度だ。
問題は、MPFが導入されたのが2000年であること。それ以前に退職した世代はMPFの恩恵を受けていない。そして、MPFがあっても最低賃金で40年間働いた場合の積立額はHKD 50万〜80万(約1,000万〜1,600万円)程度。65歳から20年生きるとすると、月々HKD 2,000〜3,000(約40,000〜60,000円)。香港の家賃を考えると、これだけでは暮らせない。
高齢者の3人に1人が貧困線以下
香港政府の統計によると、65歳以上の高齢者のうち約30%が貧困線(1人世帯で月収HKD 4,400以下)を下回っている。
CSSA(Comprehensive Social Security Assistance/総合社会保障援助)という生活保護制度はあるが、申請にはスティグマが伴う。資産制限も厳しく、銀行口座の残高がHKD 51,000(約102万円)を超えると受給資格を失う。
「助けてもらうのは恥」という価値観が強い世代ほど、CSSAを申請せずに段ボール回収や缶拾いで生計を立てる傾向がある。
公営住宅が唯一のセーフティネット
香港の高齢者の多くが公営住宅(Public Rental Housing)に住んでいる。家賃はHKD 500〜2,000(約10,000〜40,000円)/月と民間の10分の1以下。この公営住宅がなければ、ホームレスになる高齢者はさらに増える。
ただし、公営住宅の待機期間は平均5.5年以上。若い世代との取り合いになっており、「高齢者優先枠」はあるものの十分ではない。
「自助」が前提の社会設計
香港は歴史的に「小さな政府」を志向してきた。低税率(給与所得税の最高税率17%、法人税16.5%)と引き換えに、社会保障は最低限。「自分の老後は自分で備える」が暗黙の前提だった。
この設計は、経済が右肩上がりで不動産価格が上昇し続けた時代にはうまく機能した。持ち家があれば資産になる。しかし、不動産を買えなかった層にとっては、退職後のセーフティネットが薄い社会に放り出されることを意味する。
在住者として見えるもの
段ボールを集める高齢者の隣を、HKD 100,000のハンドバッグを持った女性が通り過ぎる。この距離の近さが香港という都市の特徴だ。
低税率の恩恵を受けて暮らしている在住者にとって、この光景は居心地の悪いものかもしれない。しかし、これは「異国の奇妙な風景」ではなく、社会保障と税負担のトレードオフの帰結として、構造的に理解できる現象だ。