獅子山精神(Lion Rock Spirit)——香港人のアイデンティティを支えてきた言葉
香港の象徴「獅子山精神」の意味と歴史を解説。1970年代のドラマに始まり、雨傘運動・コロナ禍まで使われ続けるこの精神が、香港人のアイデンティティと在住外国人にとって何を意味するかを掘り下げます。
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香港に住んでいると、「Lion Rock Spirit(獅子山精神)」という言葉を耳にする機会がある。政治家のスピーチにも、地元メディアにも、街の人の会話にも出てくる。
外から来た人間には、最初「お決まりのスローガン」に聞こえるかもしれない。だが、この言葉が何十年にわたって繰り返し使われてきた理由を知ると、香港という都市の本質に触れる気がする。
獅子山とはどこか
獅子山(Lion Rock)は九龍半島の北側にそびえる標高495mの岩山だ。香港市街地からも見えるランドマークで、岩の形が獅子の横顔に見えることからこの名がある。
山の周辺、かつて獅子山の麓には木造の簡易住宅(寮屋、ニャウオク)が密集していた。戦後から1960〜70年代にかけて、中国本土から逃れてきた難民や労働者が住んだエリアだ。電気も水道もない生活が当たり前だった。
ドラマ「獅子山下」が精神を形にした
「獅子山精神」という言葉を香港社会に刻み込んだのは、1972年に始まったRTHK(香港電台)のテレビドラマ「獅子山下(Below the Lion Rock)」だ。獅子山の麓に暮らす労働者階級の家族の日常を描いたドラマで、香港人の苦労と連帯を丁寧に描いた。
このドラマを通じて「獅子山精神」は、貧しくとも働き、前向きに生きる香港庶民の精神を象徴する言葉として定着した。
繰り返し呼び起こされる精神
注目すべきは、この言葉が危機のたびに呼び起こされてきたことだ。
- 1997年の中国返還前後の不安の中で
- 2003年のSARSパンデミック後の復興期に
- 2014年の雨傘運動の際に(支持側・反対側の双方が使った)
- 2019〜2020年の社会運動と新型コロナの時期に
政治的文脈が変わっても「Lion Rock Spirit」という言葉は生き続けた。それは、この言葉が特定のイデオロギーより深い場所——「生き残ってきた経験の記憶」——に刻まれているからではないか。
在住外国人にとっての意味
香港に住む外国人が「獅子山精神」を実感する瞬間は、案外身近なところにある。
困難な状況でも仕事を続ける香港のビジネスパートナー、何があっても営業を続けるローカル飲茶店、深夜まで動く公共交通……香港の都市としての強さの根底に、この「諦めない気風」があると感じる在住者は多い。
ハイキングコースとして獅子山に登る外国人も増えている。九龍側から約2〜3時間のコースで、頂上からは香港市街地の全景が広がる。景色の向こうに、街が積み上げてきた時間がある。
山の名前が一つの都市精神と同義語になっている。そういう場所は、世界でも珍しい。