香港の屋上には「もうひとつの街」がある
香港のビルの屋上には違法建築物(僭建物)が推定数万棟存在する。住居・倉庫・工場・礼拝所——地上の不動産価格が生み出した垂直方向のインフォーマル経済。
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九龍の古いビル群をGoogleマップの衛星写真で見ると、屋上に小屋のようなものが密集しているのがわかる。あれは設備室ではない。人が住んでいる。
香港の屋上違法建築物(僭建物、Unauthorized Building Works, UBW)は推定数万棟。屋宇署(Buildings Department)が毎年数千件の撤去命令を出しているが、新たに建てられるスピードと拮抗している。
なぜ屋上に建てるのか
答えは不動産価格だ。香港の住居用不動産は世界で最も高い部類に入る。2023年時点で九龍の中古マンション(約40㎡)がHKD 400万〜600万(約8,000万〜1億2,000万円)。公営住宅(公屋)の待機期間は平均5〜6年。
この市場で住居を確保できない人々にとって、屋上は「最後のフロンティア」だ。ビルのオーナーがひそかに屋上にトタンやコンクリートブロックで部屋を作り、安い家賃で貸し出す。
家賃の相場
屋上の部屋(天台屋)の家賃はHKD 2,000〜5,000/月(約40,000〜100,000円)程度。同じビルの室内の部屋がHKD 8,000〜15,000(約160,000〜300,000円)することを考えると、半額以下で住める。
ただし条件は厳しい。断熱材がないため夏は40度を超え、台風のとき屋根が飛ぶリスクがある。トイレが共用、水道が不安定、エアコンの電力が不足——それでも「天台屋 > 路上」という選択が成り立つ。
違法だが黙認されてきた歴史
香港の屋上違法建築は1950〜60年代から存在する。大陸からの難民流入で住宅不足が慢性化した時代に、政府も事実上黙認してきた。
転機は2010年の馬頭圍道ビル倒壊事故だ。違法増築の重量が建物の構造限界を超えた可能性が指摘され、以降、屋宇署の取り締まりが強化された。だが「取り締まり強化」と「問題解決」は同義ではない。住む場所がない人に撤去命令を出しても、その人が消えるわけではない。
屋上の社会——住居以外の用途
屋上には住居だけでなく、多様な「施設」が存在する。
- 倉庫: 店舗の在庫を屋上に保管するケース
- 工房: 小規模な縫製工場や電子機器の修理工房
- 宗教施設: 移民コミュニティの礼拝所(特に南アジア系コミュニティ)
- 菜園: 都市農業の試みとして屋上で野菜を育てるケースも(こちらは合法的な取り組みもある)
消えゆくのか、形を変えるのか
2016年に完全に取り壊された九龍城砦(Kowloon Walled City)は、違法建築の極端な例だった。しかし屋上の小規模な僭建物は、九龍城砦ほどの注目を集めないまま、静かに香港の都市風景の一部であり続けている。
地面の不動産が高すぎるとき、人は上に逃げる。香港のビルの屋上は、不動産市場の圧力が物理的に可視化された場所だ。エレベーターのないビルの最上階、さらにその上の、地図に載らない部屋。そこにも誰かの生活がある。