香港が水没しない理由は、山の中にある巨大な穴だ
年に何度も豪雨に見舞われる香港が、大規模な浸水を回避してきた背景には地下の雨水トンネルがある。見えない土木構造物が都市を支える仕組みを読む。
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急峻な山肌に、コンクリートで固めた市街地が張り付いている。そこへ一時間に数十ミリの雨が落ちる。地形だけを見れば、鉄砲水と浸水が毎年繰り返されてもおかしくない条件だ。
それでも街が日常的に水没しないのは、山の中に穴が開いているからだ。
水は山から来る
香港の地形は、面積の大部分が丘陵で、平地は海沿いの帯状の部分に限られる。雨は山に降り、斜面を伝って一気に低地へ流れ込む。市街地は、その水の通り道の終点にある。
問題は、市街地に到達してから排水しようとすると間に合わないことだ。都市の下水管の容量には限りがある。山から集まった水が全部そこに来れば、あふれる。
解決策は二つ考えられる。管を太くするか、そもそも市街地へ水を来させないか。香港が採ったのは後者だった。
途中で水を横取りする
雨水を市街地の手前で捕まえ、別ルートで直接海へ流す。そのために山の中腹に取水施設を設け、そこから地下トンネルで海まで水を運ぶ、という発想の施設が建設されてきた。
上流で水を分岐させるので、下流の市街地の排水網には最初から負荷がかからない。既存の下水管を全部太くするより、経済的にも工事の規模としても現実的だ。
考え方としては、混雑した道路にバイパスを作るのと同じだ。既存路線の容量を増やすのではなく、交通量そのものを迂回させる。
見えないインフラの宿命
こうした施設の特徴は、うまく機能しているときには誰も存在に気づかないことだ。豪雨が来て、街が浸水せずに済む。それだけで、住民には何も見えない。
道路や橋は毎日目に入るから、その価値が認識されやすい。地下のトンネルは、失敗したときにだけ話題になる。予防的なインフラが政治的に評価されにくいのは、世界共通の問題だ。
防災投資は、成功すると何も起きない。何も起きなかったことを成果として数えるのは難しい。この評価の非対称が、多くの都市で治水投資を遅らせてきた。
それでも浸水は起きる
トンネルがあっても、想定を超える降雨があれば冠水は起きる。低地の一部、地下駐車場、地下鉄の出入口——弱い箇所は残る。
香港天文台は降雨に対して警報を出す仕組みを持っている。黄色・赤・黒の三段階で表される豪雨警報がそれだ。黒色警報が出るような状況では、外出そのものを避けるのが基本になる。
在住者として実際に必要なのは、警報の意味を知っておくことと、自宅や職場が低地にあるかを把握しておくことくらいだ。豪雨警報とは別に土砂崩れの警報も出るので、斜面に近い場所に住んでいる人は特に注意しておきたい。その斜面が番号を振られて台帳に載った人工斜面かどうかで、管理の手が入っているかどうかがある程度わかる。風の側の警報体系については台風シグナルの仕組みを見ておくと、雨と風で別々に運用されている理由が整理できる。
9月はまだ油断できない
台風シーズンは夏だけではない。9月から10月にかけても台風が接近することがあり、豪雨のリスクは続く。「夏が終わったから安心」という感覚は、この地域では通用しにくい。
学期が始まって生活が動き出す時期と、台風の残りが重なる。学校や職場の警報時の対応ルールを、この時期に改めて確認しておくのは理にかなっている。湿度が落ちて空気が変わる10月を迎えてもなお、シグナルが上がる年はある。
こういう見方もできる
香港の土木は、地形の不利を工学で埋め合わせることで成立してきた。急斜面に街を作り、海を埋め立てて土地を作り、山に穴を開けて水を逃がす。どれも自然条件に逆らう選択だ。
その逆らい方が、この都市の性格を作っている。地形に従うのではなく、地形を書き換える。埋立地も、山の斜面のマンションも、地下の排水トンネルも、同じ思想の産物だ。足りない淡水を東江から引いてくるのも、方向が逆なだけで発想は同じだ。片方では水を追い出し、片方では水を呼び込む。どちらも自然が置いた条件を工学で書き換えている。
雨の日に街が水浸しにならないことは、当たり前ではない。誰かが山に穴を開けたからそうなっている。豪雨警報が出た日に窓の外を見ながら、そのことを思い出すと少し違って見える。