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九龍城砦が今も語ること——無法地帯と呼ばれた超過密空間の記憶

かつて世界一の人口密度と言われた九龍城砦。法の空白地帯に自然発生した巨大建築は撤去されたが、その記憶は香港の都市を考えるうえで今も多くの示唆を残している。

2026-08-08
九龍城砦歴史都市建築過密

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九龍城砦は、もう存在しない。1990年代に撤去され、今は公園になっている。それなのに、この場所は今も世界中の建築家や都市研究者を引きつけ続けている。法の空白の中で自然に膨張した超過密の建築群が、計画されない都市の極限の姿を見せたからだ。

法の隙間に生まれた空間

九龍城砦は、香港の統治の歴史の中で生じた行政上の空白地帯に位置していた。明確な管理が及びにくかったこの場所に、建物が無秩序に増築され、上へ上へと積み重なっていった。

許可も計画もないまま、住居・店舗・診療所・工場が密集する巨大な構造物ができあがった。設計図のない都市が、人々の必要だけを動力にして成長した実例だ。

超過密が生んだ独特の秩序

「無法地帯」と呼ばれることが多いが、内部には住民同士の暗黙のルールや相互扶助があったと記録されている。完全な混沌ではなく、公式の制度がない場所で人々が自前で作り出した秩序があった。

光の届かない通路、密集した配管、屋上に出てようやく見える空。極端な過密の中で、人間がどこまで適応できるかを示す実験場のようでもあった。

なぜ撤去されたのか

衛生・安全・治安の問題が深刻化し、最終的に城砦は取り壊された。住民は移転し、巨大な構造物は解体されて公園に生まれ変わった。

撤去は合理的な判断だったが、同時に、計画されない都市の貴重な事例が物理的に失われたことも意味する。今その姿を知るには、写真・記録・再現された資料に頼るしかない。

香港の縮図としての城砦

九龍城砦は極端ではあるが、香港全体が抱える問題の縮図でもあった。土地の不足、過密、上へ伸びるしかない構造。城砦はそれらを誇張した形で見せていた。

計画都市の対極にあったこの場所が、整然とした香港の都市計画を考えるうえでの裏面の参照点になっている。秩序を理解するには、無秩序を見る必要があるのかもしれない。

こういう見方もできる

九龍城砦の記憶は、都市が必ずしも上からの計画だけで作られるわけではないことを教えてくれる。人々の必要が積み上がって生まれる空間にも、固有の論理がある。公園になった今の静けさと、かつての密度の対比そのものが、香港の都市の歴史を語っている。

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