Kaigaijin
海外在住日本人のメディア
生活

香港の水道水は中国大陸から来ている——都市の生命線としての東江水

香港の水道水の約70〜80%は中国広東省の東江(東深供水工程)から供給されている。この事実は、香港と大陸の関係を「政治」ではなく「水」から読み解く鍵になる。

2026-05-18
香港水道東江インフラ中国

この記事の日本円換算は、1HKD≒20円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(HKD)の金額を基準にしてください。

香港の蛇口をひねると水が出る。その水の約70〜80%は、香港の土地で降った雨ではない。直線距離で約80km北にある中国広東省の東江(Dongjiang River)から、パイプラインで送られてきている。

都市の存続が他国(厳密には「同じ国の別の行政区」)の水源に依存している。この構造が何を意味するか、あまり語られることがない。

東深供水工程——1960年代の決断

香港の水問題は歴史的に深刻だった。1963年には過去最悪の大旱魃が発生し、給水制限が「4日に1回、4時間のみ」にまで追い込まれた。市民はバケツを持って列に並び、水を奪い合う光景が日常化した。

この危機を受けて、1964年に中国政府と香港政府(当時はイギリス植民地政府)が合意し、東江からの送水計画(東深供水工程)が始まった。1965年に供給が開始され、以降60年間、香港の水道を支え続けている。

毎年の供給契約——水には価格がある

東江からの水供給は無償ではない。香港政府は毎年、広東省当局と供給量と価格について協定を結んでいる。2023年度の水供給費用はHKD 約53億(約1,060億円)。香港政府の歳出のなかで無視できない規模だ。

供給量の上限は年間8.2億立方メートルと設定されているが、実際の使用量はそれを下回ることが多い。「使わなかった分も支払う」テイクオアペイ方式のため、香港側は使用量に関わらず一定額を支払っている。

水源への依存が意味するもの

水は政治的なカードになりうる。香港と中国大陸の関係が緊張した局面でも、東江からの水供給が止められたことはない。だが「止められたことがない」と「止められることがない」は別の命題だ。

台湾がTSMCの半導体を「シリコンの盾」と呼ぶように、水は香港にとって大陸との関係を物理的に規定するインフラだ。政治的な自律を語るとき、水の供給元がどこにあるかは無視できない変数になる。

香港の自前の水——ダムと海水淡水化

香港にも自前の水源はある。島内には17のダム(水塘)があり、最大のプローバーコーブ貯水池(萬宜水庫)はハイキングスポットとしても人気だ。だが、香港の狭い土地面積と降水量では、需要の20〜30%しかカバーできない。

将来に向けて、香港政府は海水淡水化プラント(将軍澳海水淡水化厂)を建設中だ。完成すれば香港の水需要の約5〜10%を賄える見込みだが、コストは東江からの輸入水の数倍になるとされている。

水道水は飲めるのか

香港の水道水はWHOの飲料水基準を満たしており、水道局(水務署)は「安全に飲める」としている。だが実際には、築年数の古いビル(唐樓)では配管の劣化が水質に影響する可能性があり、多くの住民は浄水器を使うか、ペットボトルの水を買っている。

蛇口をひねるという何気ない動作の背後に、60年前の旱魃の記憶と、80km先の河川と、年間1,000億円の国際契約がある。水は透明だが、その来歴は透明ではない。

コメント

読み込み中...