アンクルン——竹1本の音しか出せない楽器が教える「協調」の設計
インドネシアの竹楽器アンクルンは1台で1音しか出せません。ユネスコ無形文化遺産に登録されたこの楽器が、なぜインドネシア社会の縮図と言われるのかを探ります。
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ピアノは1人で88鍵を弾けます。ギターは6本の弦で和音を鳴らせます。しかしインドネシアのアンクルン(Angklung)は、1台につき1つの音しか出せません。
ド、レ、ミ、ファ、ソ——それぞれが別のアンクルンです。メロディを奏でるには、最低でも音の数だけの人間が必要です。
竹を振る楽器
アンクルンは西ジャワ(スンダ地方)発祥の竹楽器で、2010年にユネスコの無形文化遺産に登録されました。竹のフレームに2〜3本の竹筒が吊るされており、手で揺らすと竹筒が台座に当たって音が鳴ります。
構造は極めてシンプル。しかし、この「1台1音」という制約が、アンクルンを世界で最も「社会的な」楽器にしています。
100人で1曲を演奏する
バンドンにある「サウン・アンクルン・ウジョ(Saung Angklung Udjo)」は、アンクルン演奏を体験できる観光施設として知られています。ここでは観光客に1人1台のアンクルンを手渡し、指揮者の合図に従って全員で1曲を演奏します。
100人の観光客が、それぞれ異なる音のアンクルンを持ち、指揮者を見て自分の出番で竹を振る。誰かが1人でも間違えれば曲が崩れる。逆に、全員がタイミングを合わせれば、竹の柔らかい音色で「きらきら星」が完成する。
この体験は、初めて参加すると驚くほど感動的です。見知らぬ人々と言葉も通じないまま、音楽がひとつにまとまる瞬間があります。
ゴトン・ロヨンの音
インドネシアには「ゴトン・ロヨン(Gotong Royong)」という概念があります。相互扶助、共同作業、一緒にやる——日本語にすると「結(ゆい)」に近い。村の共同作業や助け合いの精神を表す言葉で、建国五原則(パンチャシラ)にも反映されています。
アンクルンは、このゴトン・ロヨンを音楽で体現した楽器だと言われます。1人では何もできないが、みんなで合わせれば音楽が生まれる。インドネシアの教育現場では、協調性を教える教材としてアンクルンが使われることもあります。
在住日本人のアンクルン体験
ジャカルタやバンドンに住んでいると、アンクルンに触れる機会は意外とあります。学校のイベント、文化祭、外国人向けのワークショップ。バンドンのサウン・アンクルン・ウジョは、日本からの修学旅行生にも人気の訪問先です。
価格帯は、観光用のミニアンクルン(お土産)が30,000〜80,000IDR(約285〜760円)、演奏用の本格的なものは1台100,000〜300,000IDR(約950〜2,850円)。1オクターブセット(8台)を揃えると800,000〜2,400,000IDR(約7,600〜22,800円)程度です。
竹の響きには金属楽器にはない温かみがあります。ガムラン(青銅の打楽器アンサンブル)が「宮廷の音」だとすれば、アンクルンは「村の音」。地面に近い場所で、みんなで鳴らす楽器です。
1人1音。それがこの楽器のルールであり、この国の社会が理想とするかたちでもあります。2億8,000万人がひとつの国として成り立っているインドネシアを理解するヒントが、この竹の振動の中にあるのかもしれません。