ベチャが消えた街と残った街——インドネシアの人力三輪車が映す都市政策
ジャカルタでは禁止され、ジョグジャカルタでは観光資源になったベチャ(人力三輪車)。インドネシアの都市によって運命が分かれた乗り物の歴史と、今も乗れる場所の案内。
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ジャカルタの中心部を走るベチャを見たことがある人は、もうほとんどいない。1990年代に市政府が禁止し、数千台のベチャが没収・破壊された。
同じ時期、300km離れたジョグジャカルタではベチャが街の風景の一部として保護された。同じ国の中で、同じ乗り物の運命がここまで分かれた例は珍しい。
ベチャとは何か
ベチャ(becak)は、客席が前方にあり、後方の運転手がペダルを漕ぐ三輪車。語源は中国語の「馬車」。19世紀末に中国系移民によってジャワ島に持ち込まれたとされる。
ジャワ型(客席が前)とスマトラ型(客席が横)の2種類がある。メダンやパダンではスマトラ型のベチャが今でも走っている。
ジャカルタが禁止した理由
ジャカルタ市は1970年代からベチャの規制を始め、1990年代に幹線道路からの全面排除を決定した。理由は「交通渋滞の原因」「近代都市にふさわしくない」「低賃金労働の象徴」だった。
しかし批判もあった。ベチャを生業にしていた数万人の運転手が職を失い、代替の雇用は提供されなかった。「見た目の近代化」を優先した政策だったという評価が多い。
ジョグジャカルタに残った理由
ジョグジャカルタはスルタンが治める特別州だ。街の規模がコンパクトで、幹線道路でもジャカルタほどの交通量がない。ベチャは観光客の移動手段として経済的に機能しており、排除する動機が薄かった。
マリオボロ通り(Jalan Malioboro)周辺では、ベチャ運転手が観光客を待っている。料金は交渉制で、マリオボロからクラトン(王宮)までIDR 20,000〜30,000(約190〜285円)が相場。
今ベチャに乗れる場所
| 都市 | 状況 | 料金目安 |
|---|---|---|
| ジョグジャカルタ | 市内中心部で日常的に営業 | IDR 15,000〜30,000/回 |
| ソロ(スラカルタ) | 旧市街で営業 | IDR 10,000〜25,000/回 |
| メダン | スマトラ型ベチャが現役 | IDR 10,000〜20,000/回 |
| スラバヤ | 一部地域で残存 | IDR 10,000〜20,000/回 |
ベチャ・モトール(モーター付き三輪車)
ジャワ島以外では、エンジンを搭載した「ベチャ・モトール」(motorized becak)が走っている地域がある。北スマトラやスラウェシの一部では、バイクのエンジンをベチャに取り付けた改造車両が庶民の足として機能している。
音がうるさく、排ガスも出る。でも坂道を登れる。ペダル式と動力式の間で、各地域が独自の進化を遂げている。
ベチャは単なる乗り物ではなく、都市がどういう方向に「近代化」を目指したかの記録だ。排除した街と残した街。どちらが正しかったかは、今でも答えが出ていない。