ジャカルタは年間25cm沈んでいる——なぜ首都が海に沈むのか
ジャカルタの北部は過去30年で4メートル沈下した。地下水の過剰汲み上げが原因だ。首都移転計画(ヌサンタラ)の背景にある地質学的な危機を解説する。
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ジャカルタは沈んでいる。年間最大25cm。東京の地盤沈下が最悪期(1960年代)でも年間24cmだったことを考えると、ジャカルタは「世界最速で沈む首都」と言っていい。北ジャカルタの一部は2050年までに水没する可能性がある。
原因——地下水の汲み上げ
ジャカルタの地盤沈下の主因は地下水の過剰汲み上げだ。水道の普及率がジャカルタ全体で約60%にとどまるため、住民や企業は地下水に頼らざるを得ない。地下水を汲み上げると地下の帯水層が空になり、その上の地盤が自重で沈む。
東京や大阪も1960〜70年代に同じ問題を経験した。日本は地下水の汲み上げ規制を厳格化し、上水道を整備することで沈下を止めた。ジャカルタは2024年時点でもこの対策が追いついていない。
海面上昇との挟み撃ち
気候変動による海面上昇は年間約3mm。地盤沈下は年間最大250mm。つまりジャカルタの水没リスクの98%は人為的な地盤沈下によるもので、気候変動の寄与は2%程度だ。
だが両方が同時に進行していることが問題を深刻にしている。地盤が下がり、海面が上がる。北ジャカルタの海抜はすでに海面以下の区域がある。雨季(11月〜3月)には毎年のように洪水が起き、数十万人が浸水被害を受ける。
巨大防潮堤計画(NCICD)
National Capital Integrated Coastal Development(NCICD)は、ジャカルタ湾に全長約32kmの巨大防潮堤を建設する計画だ。オランダの技術を導入し、湾内に貯水池を作って排水を管理する。総工費は約$40 billion(約6.2兆円)と試算されている。
だが計画は遅延を繰り返している。環境への影響、漁業への打撃、財源の確保が課題だ。埋め立てによる新市街地を開発して資金を回収する計画だったが、不動産市場の冷え込みで事業性が揺らいでいる。
首都移転——ヌサンタラ
2019年、ジョコ・ウィドド大統領(当時)はジャカルタからカリマンタン島(ボルネオ島)東部への首都移転を発表した。新首都の名称はNusantara(ヌサンタラ)。2024年8月17日の独立記念日に象徴的な式典が行われたが、建設は大幅に遅れている。
移転の公式理由はジャカルタの過密と水害リスクだが、もう一つの理由がある。インドネシアの経済活動の約58%がジャワ島に集中している。首都をカリマンタンに移すことで、ジャワ一極集中を是正する狙いだ。
北ジャカルタの現実
北ジャカルタ(Jakarta Utara)のムアラバル(Muara Baru)地区では、住宅の1階が水没し、2階が「新しい1階」として使われている。道路は嵩上げされるが、家はそのまま沈んでいく。20年前に1階だった部屋が、今は地下室になっている。
漁村のモスクは床上浸水を繰り返し、最終的に水中に没した。新しいモスクが隣に建てられたが、それもいずれ沈む。
在インドネシア日本人への影響
ジャカルタの日本人が多く住むSudirman、Senopati、Kemang周辺は南ジャカルタで、北部ほど深刻な沈下は起きていない。だが雨季の洪水はジャカルタ全域に影響する。
Kemangは低地に位置するため、大雨のたびに冠水する。駐在員の住居選びでは「過去に浸水歴があるか」を不動産業者に必ず確認するべきだ。1階の物件を避け、高層階を選ぶのが雨季対策の基本だ。
ジャカルタは「世界で最も急速に沈む首都」であると同時に、「その事実を日常として受け入れている1,000万人の都市」でもある。沈む速度と、そこに住み続ける人々の生活力のギャップが、この街の最も不思議な部分だ。