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クレテック——インドネシアが世界で唯一タバコにクローブを混ぜる理由

インドネシアの喫煙率は世界トップクラス。その中心にあるのが丁子(クローブ)入りタバコ「クレテック」。なぜこの国だけで独自のタバコ文化が発達したのかを探ります。

2026-05-10
クレテックタバコクローブ

この記事の日本円換算は、10,000IDR≒95円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(IDR)の金額を基準にしてください。

インドネシアは、WHOの「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約(FCTC)」を批准していない世界で数少ない国のひとつです。成人男性の喫煙率は約60%超(WHO Global Health Observatory, 2023年)。街を歩けば、甘くスパイシーな香りが漂ってきます。

その香りの正体が「クレテック(Kretek)」です。

パチパチ鳴るタバコ

クレテックという名前は、火をつけたときにクローブ(丁子)がパチパチと燃える音——「kretek-kretek」——に由来します。タバコ葉にクローブを約30〜40%の割合で混ぜ、独特の甘い香りと清涼感を生み出します。

インドネシアのタバコ市場の約9割がクレテックです。日本で見かける普通の「白いタバコ(ホワイトシガレット)」のシェアはごくわずか。この国では、クレテックこそがタバコの「標準」です。

薬として生まれた

クレテックの起源には諸説ありますが、最も広く知られているのは1880年代の話です。中部ジャワのクドゥスに住むハジ・ジャマハリという人物が、胸の痛みを和らげるためにクローブオイルを塗ったタバコを作ったとされています。

クローブにはユージノールという成分が含まれ、局所麻酔や鎮痛作用があります。歯痛の応急処置にクローブを噛む民間療法は、東南アジアでは今も珍しくありません。「薬としてのタバコ」がクレテックの出発点でした。

クドゥスの「タバコ都市」

クレテック産業の中心はジャワ島北部のクドゥス(Kudus)です。PT Djarum(ジャルム)の本社がここにあり、街全体がタバコ産業で成り立っています。

インドネシアのクレテック産業は、国のGDPの約1.5%を占めるとされています(インドネシア産業省)。最大手のGudang Garam、Djarum、Sampoernaの3社だけで、直接・間接に数百万人の雇用を支えています。クローブの栽培農家を含めると、そのサプライチェーンは全土に広がります。

手巻きの世界

クレテックには、機械巻き(SKM: Sigaret Kretek Mesin)と手巻き(SKT: Sigaret Kretek Tangan)の2種類があります。手巻きは主に女性労働者が1本1本巻いており、大手メーカーの工場には数千人規模の巻き子がいます。

手巻きクレテックは機械巻きより値段が安く、1箱12,000〜20,000IDR(約114〜190円)程度で買えます。機械巻きの主力ブランドは25,000〜35,000IDR(約238〜333円)。日本のタバコ1箱500〜600円と比べると、圧倒的に安い。

在住日本人が知っておくべきこと

インドネシアでは、レストランやカフェの屋外席、オフィスビルの喫煙所、路上など、いたるところでクレテックの煙に遭遇します。日本より喫煙が日常に溶け込んでいる環境です。

ただし、変化の兆しもあります。2024年にタバコ税が引き上げられ、ジャカルタをはじめ主要都市では屋内公共施設での喫煙禁止が徐々に広がっています。とはいえ、路上や屋外テラスでの喫煙は依然として当たり前の光景です。

クレテックの甘い香りは、インドネシアの街の「匂い」そのものです。好き嫌いは分かれますが、この国の空気を構成する要素のひとつであることは間違いありません。ジャカルタの渋滞でバジャイ(三輪タクシー)の隣にいると、排気ガスとクレテックの煙が混ざった、インドネシアでしか嗅げない空気を吸うことになります。

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