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インドネシアのマングローブ再生——世界最大の破壊国が最大の復元国にもなった理由

インドネシアは世界最大のマングローブ林を持つ一方で、最大の破壊国でもありました。600万ヘクタールの再生計画と、その背景にある経済構造を解説します。

2026-05-04
マングローブ環境再生

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インドネシアには世界のマングローブ林の約20%が集中しています。面積にして約330万ヘクタール(環境林業省、2021年)。世界最大のマングローブ保有国です。しかし同時に、過去30年間で最も多くのマングローブを失った国でもあります。

破壊した当事者が、今度は復元の旗手になる。この矛盾の構造には、エビ養殖という産業が深く絡んでいます。

なぜマングローブは失われたのか

インドネシアのマングローブ減少の最大の原因は、エビ養殖池(tambak)への転換です。

1980年代〜2000年代にかけて、世界的なエビ需要の高まりを受けて、カリマンタン島(ボルネオ)やスマトラ島の沿岸部で大規模なマングローブ伐採が行われました。マングローブ林を切り開き、養殖池を造成する。日本、アメリカ、ヨーロッパの食卓に並ぶエビの多くが、このプロセスで生産されました。

インドネシアは世界第2位のエビ養殖国(FAO、2022年)で、生産量は年間約80万トン。その養殖池の多くが、かつてマングローブ林だった土地に作られています。

つまり、先進国の消費が途上国のマングローブを消した——という構図です。

荒廃した養殖池

問題はさらに複雑です。マングローブを伐採して作ったエビ養殖池は、5〜10年で生産性が落ちることが多い。病気の蔓延、水質の悪化、土壌の酸性化が原因です。

生産性が落ちた養殖池は放棄される。しかし放棄された池は、もはや自然にマングローブが戻る状態ではありません。土壌が変質し、潮汐のパターンも変わっているからです。こうして「マングローブでもなく、養殖池でもない」荒廃地が沿岸部に広がっていきました。

インドネシア環境林業省の推計では、荒廃した沿岸地は約170万ヘクタール。東京都の面積の約8倍です。

政府の再生計画

2021年、ジョコ・ウィドド大統領(当時)は「2024年までにマングローブ600万ヘクタールを再生する」という目標を掲げました。これは2021年のG20議長国としてのコミットメントでもあります。

具体的な施策としては、BRGM(泥炭地・マングローブ復元庁)が設立され、カリマンタン、スマトラ、パプアの3地域を中心に植林プロジェクトが進められています。

2022年の時点で、約34,000ヘクタールの再生が完了したと報告されています。目標の600万ヘクタールには遠い数字ですが、「管理・保護」も含めた広義の面積でカウントする方針に修正されています。

カーボンクレジットとマングローブ

マングローブ再生が加速している背景には、カーボンクレジット市場の存在があります。

マングローブは陸上の森林と比べて、単位面積あたり3〜5倍の炭素を貯留する能力があるとされています(IUCN推計)。「ブルーカーボン」と呼ばれるこの海洋生態系の炭素吸収能力は、気候変動対策として注目されています。

インドネシア政府は、マングローブ再生で得られるカーボンクレジットを国際市場で販売する構想を持っています。世界銀行やノルウェー政府からの資金支援(REDD+プログラム)もあり、マングローブの保全には「経済的インセンティブ」が生まれつつあります。

地域住民の暮らしとの両立

マングローブ再生の難しさは、地域住民の生計との調整にあります。

養殖池で生計を立てている漁民に「マングローブを植えるから池を返せ」とは簡単に言えません。インドネシア政府とNGOが進めているのは「シルボフィッシャリー(Silvofishery)」という手法です。養殖池の一部にマングローブを植え、エビや魚の養殖と共存させる。マングローブの根が稚魚の隠れ家になり、有機物が餌になるため、持続的な養殖が可能になるという考え方です。

実際にスラウェシ島やジャワ島北岸で試行されていますが、従来の集約的養殖に比べると生産量は落ちます。経済的な補填をどう設計するかが課題です。

在住日本人にとっての意味

ジャカルタ湾の北側にも、かつてマングローブ林が広がっていました。現在は埋立地と工業地帯に変わっていますが、ムアラ・アンケ地区には小規模なマングローブ林が残っています。ジャカルタから車で30分ほどで見に行ける場所です。

インドネシアの環境問題は、日本のスーパーで売られているエビの産地を通じて、私たちの食卓とつながっています。破壊と復元の両方をインドネシアが担っているという構造は、この国で暮らす中で意識しておく価値がある視点です。

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