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インドネシアのニッケル戦略——EV電池原料で世界を握る資源大国の野心

世界のニッケル生産の56%を占めるインドネシア。EV電池原料の覇権をめぐる資源戦略、中国との関係、LFP電池の台頭という逆風を解説します。

2026-05-02
ニッケルEV資源地政学経済

この記事の日本円換算は、10,000IDR≒95円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(IDR)の金額を基準にしてください。

2023年、インドネシアは世界のニッケル生産量の56%を占めた(202万トン)。10年前は世界シェアの2割にも満たなかった国が、いまやEV電池の原料を「握る側」にいる。だがその戦略は、思わぬ方向から揺さぶられている。

ニッケルはなぜ重要なのか

ニッケルはEV(電気自動車)のリチウムイオン電池の正極材に使われる。ニッケル含有量が多い電池(NMC・NCA型)はエネルギー密度が高く、航続距離を伸ばせる。テスラやBMWが長距離モデルに採用してきた素材だ。

ステンレス鋼にも不可欠で、世界のニッケル需要の約7割はステンレス向け。EV向けは全体の1〜2割だが、成長率では最も注目されてきた分野だった。

インドネシアの資源戦略

転機は2020年。インドネシア政府がニッケル鉱石の輸出を全面禁止した。「原石を売るのではなく、国内で加工して付加価値をつけてから輸出する」という戦略だ。

これによりインドネシア国内にニッケル製錬所が急増。特にスラウェシ島とハルマヘラ島に大規模な工業団地が建設された。ウェダベイ工業団地(IWIP)は2019年に操業を開始し、いまや単独で世界のニッケル生産量の17%を担う。

中国マネーの存在感

この急成長を支えたのは中国からの投資だ。ニッケル製錬と電池材料の生産ラインの大部分は中国企業が建設・運営している。インドネシアのニッケル産業は「インドネシアの資源 × 中国の資本と技術」で成り立っている構造だ。

2025年時点で、インドネシア国内のニッケル系電池材料工場は9施設。うち4施設が稼働中、3施設が建設中、2施設が検討段階にある。

アメリカやEUは、中国が関与するサプライチェーンからの調達を制限する方向に動いている。インドネシアのニッケルが「中国経由」とみなされれば、欧米のEVメーカーが敬遠するリスクがある。

LFP電池という逆風

ニッケル戦略にとって最大の誤算は、ニッケルを使わないLFP(リン酸鉄リチウム)電池の急伸だ。

LFP電池は2020年にはEV市場の10%未満だったが、2025年には世界のEV電池市場の半分を占めるまでに成長した。2025年に販売されたEVの90%以上がLFP電池を搭載しているとするデータもある(Jakarta Post、2026年3月)。

LFPはニッケルもコバルトも使わない。安価で安全性が高く、寿命も長い。航続距離ではNMC型に劣るが、日常的な都市内走行には十分という評価が広がっている。

インドネシアの次の一手

ニッケル需要が消えるわけではない。ステンレス鋼向けは安定しているし、高性能EV向けのNMC電池も消滅はしない。ただ「EV電池でニッケルの世紀が来る」という楽観シナリオは修正を迫られている。

インドネシア政府は国内でのEV製造を推進し、ニッケルの採掘から電池製造・EV組立までを一貫して国内で完結させる構想を掲げている。ヒュンダイがインドネシアにEV工場を建設したのはその一例だ。

資源を持っていることと、それを経済的優位に変換できることは別の話だ。OPECの石油戦略が常に成功してきたわけではないように、ニッケルの支配権がインドネシアの国益に直結するかは、技術トレンドと地政学のバランス次第で変わる。

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