インドの建築は時代の地層だ:モヘンジョダロからイギリス植民地時代まで
インドの都市を歩くと数千年の建築様式が混在している。ムガル建築・ドラヴィダ寺院・植民地時代のゴシック・モダニズムが同じ通りに並ぶ風景の意味を読む。
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ムンバイ(旧ボンベイ)のCST(チャトラパティ・シヴァジー・ターミナス)駅は1887年竣工のゴシックリバイバル建築で、ユネスコ世界遺産に登録されている。その隣に20世紀のモダニズム建築が建ち、さらに古いイスラム様式の建物が続く。
インドの都市は「建築の地層学」だ。
モヘンジョダロとインダス文明の痕跡
インドの建築の起源をたどると、紀元前2600〜1900年頃に栄えたインダス文明に達する。パキスタンのモヘンジョダロ・ハラッパー(現パキスタン領)に残る遺跡は、計画的な都市設計(碁盤の目状の道路・排水システム)を持っていたことを示す。この文明は現在のインドの一部にも広がっていたとされる。
ドラヴィダ建築:南インドの神殿
南インドのドラヴィダ様式寺院は巨大な彩色された塔(ゴープラム)が特徴だ。チェンナイ近郊のマハーバリプラムの海岸神殿(7世紀)、マドゥライのミナクシ寺院——これらは同一の建築語法の異なる展開だ。
寺院建築は「単なる礼拝の場」ではなく、コミュニティの社会的中心であり、都市計画の核でもあった。
ムガル建築:イスラムとインドの融合
北インドにはムガル帝国(1526〜1857年)が残したペルシャ・イスラム様式の建築が多い。タージマハル・レッドフォート・ジャマー・マスジド——これらは「インドの建築」として世界的に知名度を持つが、実はイスラム様式とインド様式の融合だ。
アグラ・デリー・ラホール(現パキスタン)を旅することで、ムガル建築の進化が追える。
植民地建築:イギリスが残した矛盾
コルカタ・ムンバイ・チェンナイのビクトリア朝建築・ゴシックリバイバル建築は、イギリス植民地支配の遺産だ。「美しいが歴史的に重い」という矛盾を持つ建築群だ。
現在これらの建物の多くは行政庁舎・大学・博物館として使われており、イギリス時代の行政機能をそのまま継承していることも多い。
在住外国人の視点
インドの都市に住むと、一つの建物が何の様式か、いつ建てられたかを少しずつ読み解く楽しみが生まれる。ガイドブックにある名所だけでなく、住んでいる地区の古い建物の由来を調べることが、インドの歴史を立体的に理解する近道だ。
建築を通じてインドを見ると、「この国はどこから来たのか」という問いへの手がかりが至る所にある。