チンクエ・テッレの村と観光地化の葛藤——絶景の裏側
リグーリア海岸の断崖に張り付く5つの村、チンクエ・テッレ。ユネスコ世界遺産に登録され、年間250万人の観光客が押し寄せるこの場所で、住民はどう暮らしているのか。入村制限、オーバーツーリズム、そして村が存続するために必要なものを考える。
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チンクエ・テッレの5つの村の常住人口は合計約4,000人。年間訪問者数は推定250万人。1人の住民に対して625人の観光客が来る計算だ。この比率がどれほど異常かは、ヴェネツィア(住民5万人に対し年間3,000万人、比率1:600)と比較すると分かる。規模は小さいが、密度ではほぼ同等の圧力がかかっている。
5つの村の素顔
チンクエ・テッレはリオマッジョーレ、マナローラ、コルニリア、ヴェルナッツァ、モンテロッソ・アル・マーレの5村で構成される。リグーリア州ラ・スペツィア県に位置し、1997年にユネスコ世界遺産に登録された。
断崖に段々畑のように張り付いたカラフルな家々と、地中海の青い海。この風景がInstagramの時代に世界中に拡散され、観光客が急増した。2010年代以降、夏のピーク時には村の路地を歩くのも困難になるほどだ。
オーバーツーリズムの影響
観光客の急増は村にいくつかの変化をもたらした。
住宅のAirbnb化: 住民が家を観光客向けの短期賃貸に転用し、村を離れるケースが増えている。家賃収入は月€1,000〜€3,000(約16万〜48万円)に達するが、村の常住人口は減り続けている。
物価の上昇: レストランの食事は観光地価格だ。パスタ1皿€14〜€20(約2,240〜3,200円)。地元住民にとっても生活コストが上がっている。
インフラの限界: 狭い路地と急な階段で構成された村に、大量の人が流入する。ゴミ処理、下水、水道が設計容量を超える。
入村制限の動き
2024年からチンクエ・テッレ国立公園は、ハイキングコース「愛の小径(Via dell'Amore)」の入場を事前予約制にした。また、夏季のピーク期間に一部のトレイルで入場者数の上限を設ける試みも始まっている。
チンクエ・テッレカード(Cinque Terre Card)は1日€16、2日€29(約2,560〜4,640円)。トレイル利用とローカル列車の乗り放題がセットになっている。この収入が村のインフラ維持と景観保全に充てられている。
それでも村に住む人たち
マナローラでワインを作り続けるシャッケトラ(Sciacchetrà)の生産者がいる。急斜面のブドウ畑は機械が入れず、全て手作業だ。1本€30〜€80(約4,800〜12,800円)のこの甘口ワインは、年間数千本しか生産されない。
リオマッジョーレの漁師は朝5時に船を出し、アンチョビやイカを獲る。獲れた魚はその日のうちにレストランに卸される。観光客が食べる「フリット・ミスト(fried seafood)」は、彼らの仕事の先にある。
チンクエ・テッレの問題は「観光客が多すぎる」という単純な話ではない。観光収入がなければ村の経済は成り立たないが、観光客が増えすぎると村の暮らしが成り立たない。そのバランスポイントを探すこと自体が、この場所の現在の物語だ。