1ユーロの廃村を買う——イタリアの限界集落再生プロジェクトの現実
イタリアには放棄された村(borgo abbandonato)が数千ある。1ユーロで家を売る自治体が話題だが、実際に移住した人は何を経験するのか。費用、手続き、成功と失敗の実例を追う。
この記事の日本円換算は、1EUR≒160円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(EUR)の金額を基準にしてください。
イタリアには約6,000の「放棄された村」がある(ISTAT推計)。人口がゼロになった集落、住民が10人を切った山間の村、地震で崩壊したまま再建されなかった町。2014年以降、これらの村の自治体が打ち出した施策が「1ユーロ住宅」だ。
€1(約160円)で家が買える。しかし、この数字がカバーする範囲は、家の「取得費」だけだ。
1ユーロ住宅の実態
2024年時点で約30の自治体が1ユーロ住宅プログラムを実施している。代表的な自治体:
- Mussomeli(シチリア州): 最も有名な1ユーロ住宅プログラム。約100軒を販売
- Sambuca di Sicilia(シチリア州): 2019年にCNNで報道され、世界中から問い合わせが殺到
- Zungoli(カンパニア州): イルピニア地方の中世の村
- Ollolai(サルデーニャ州): 人口約1,300人の山間の村
購入条件は自治体によって異なるが、共通するのは以下の点だ。
- 購入後3年以内に改修を完了すること(条件を満たさないと罰金€5,000〜20,000)
- 改修費の保証金: €1,000〜5,000を購入時に預け入れ、改修完了後に返還
- 改修計画書の提出: 建築家による設計図と見積もりが必要
改修費用の現実
1ユーロで家は買えるが、住めるようにするには別の金額が必要だ。
典型的な1ユーロ住宅は、50〜100㎡の石造りの家。屋根が崩落し、床が抜け、配管も電気もない状態が多い。
構造補強€30,000〜80,000、内装€15,000〜40,000、配管・電気€15,000〜30,000、キッチン・バスルーム€10,000〜25,000、建築家費用€5,000〜15,000——合計€75,000〜190,000(約1,200万〜3,040万円)。結局は「土地代が安い新築」と同じ費用がかかることも珍しくない。
手続きの壁
外国人が購入する場合、Codice Fiscale取得→自治体への申し込み→公証人(notaio)による売買契約(費用€2,000〜4,000、約32万〜64万円)→改修計画書の提出→建築許可取得→改修工事、というステップを踏む。手続きはすべてイタリア語が基本で、人口の少ない村では建築業者の選択肢も限られる。
成功例と失敗例
成功: Mussomeliに移住したイギリス人夫婦は、1ユーロ住宅を€60,000で改修し、B&B(民泊)として運営している。年間の宿泊収入は€15,000〜20,000(約240万〜320万円)。シチリアの観光需要を取り込んだケースだ。
失敗: 改修が予算を大幅にオーバーし、3年の期限内に完了できなかったケース。保証金を没収された上に、未完成の物件を自治体に返還する羽目になった購入者もいる。
半成功: 改修は完了したものの、冬場の孤立が想像以上だった。最寄りのスーパーまで車で30分、病院まで1時間。若い移住者は数年で都市部に戻ることが多い。
なぜ村は放棄されたのか
1950年代の「経済の奇跡」期に農村から北部の工業都市への大量移住が起き、南部と内陸部の村は人口を失った。1980年のイルピニア地震、2016年のアマトリーチェ地震など、被災した村が再建されず放棄されたケースも多い。
1ユーロ住宅プログラムは注目を集めるが、セカンドハウスとして使うだけでは村は再生しない。ただしリモートワークの普及は可能性を広げている。政府は2023年から「borghi digitali」プログラムで過疎地への移住者に税制優遇を提供している。€1の家が意味するのは、「安い家」ではない。「この村に住む覚悟があるか」という問いかけだ。