バルコニーに洗濯物を干すと罰金?イタリアの「景観」と「生活」の終わらない戦争
イタリアの歴史地区ではバルコニーの洗濯物干しが条例で禁止されている場合がある。美観と生活のせめぎ合いが映し出すイタリアの都市哲学。
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ナポリの路地を歩くと、建物と建物の間にロープが張られ、色とりどりの洗濯物が風に揺れている。写真映えする光景だが、同じことをフィレンツェやローマの歴史地区でやると、条例違反で罰金を取られることがある。
イタリアは「洗濯物の干し方」で揉める国だ。
洗濯物干し禁止条例
イタリアの複数の都市で、歴史地区(Centro Storico)のバルコニーに洗濯物を干すことが条例で制限されている。
- フィレンツェ: 歴史地区で「通りに面したバルコニー」への洗濯物干しを禁止。罰金25〜500EUR(約4,000〜80,000円)
- ローマ: 一部の歴史的建造物で制限あり
- ヴェネツィア: 観光地区で景観保護のため制限
理由は「景観の保護」だ。イタリアの歴史地区はUNESCO世界遺産に登録されている場合も多く、景観を損なう行為は法的に規制の対象になる。
乾燥機を使えばいいのでは?
イタリアの住宅事情を考えると、そう単純ではない。
まず、イタリアの一般家庭に乾燥機はあまり普及していない。電気代が高い(イタリアの電気料金はEU平均を上回る)ことと、アパートのスペースが限られていることが理由だ。洗濯機は全自動が普及しているが、乾燥機まで置くスペースがない。
次に、イタリア人の多くは「太陽と風で乾かすのが最善」と信じている。紫外線による殺菌効果と、太陽の匂い(実際は紫外線で分解された有機物の匂い)を好む感覚が根強い。
結果として、バルコニーか裏庭に干すのがイタリアの標準だ。
Condominio(マンション管理組合)の闘い
条例に加えて、マンションの管理規約でも洗濯物の干し方が規定されていることがある。
よくあるルールは以下の通り。
- 通りに面した側には干してはいけない(裏側のバルコニーならOK)
- 手すりより上に出る高さで干してはいけない
- 下着は外から見えない場所に干す
このルールをめぐって住民同士のトラブルが起きることは日常茶飯事だ。管理組合の総会(Assemblea di Condominio)で、洗濯物の干し方が議題に上がることさえある。
イタリアの最高裁(Corte di Cassazione)は2013年に「バルコニーに洗濯物を干す権利は、景観保護の制限の範囲内で認められる」という判決を出した。つまり、完全に禁止はできないが、制限はできるという折衷的な結論だ。
ナポリの例外
ナポリやパレルモなど南イタリアの都市では、洗濯物を通りに干す文化が今も生きている。狭い路地に張り渡されたロープにシーツやシャツが揺れる光景は、これらの都市の「アイデンティティ」の一部になっている。
観光客はこの光景を「イタリアらしい」と写真に収める。住人にとっては「ただ乾かしているだけ」だ。
フィレンツェでは罰金の対象になり、ナポリでは日常の風景になる。同じ国の中で、生活と景観のバランスの取り方がこれほど違う。
日本人が知っておくべきこと
イタリアに住む日本人が最も驚くのは、「洗濯物ごときで本気で怒る人がいる」ということだ。日本では近隣トラブルの原因になりにくい洗濯物の干し方が、イタリアでは管理組合の議題になり、場合によっては裁判に発展する。
入居前にマンションの管理規約を確認し、バルコニーの使用ルールを把握しておく。歴史地区に住む場合は、コムーネの条例も確認する。
面倒だが、バルコニーにシーツを広げて地中海の風に乾かす快感は、一度知ったら戻れない。