イタリアの墓地彫刻——死者のための美術館が生者を惹きつける
ジェノヴァのスタリエーノ墓地、ミラノのモニュメンターレ墓地。イタリアの墓地には美術館級の彫刻が並びます。なぜ墓地がアートの集積地になったのか、その歴史と構造を解説します。
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ジェノヴァのスタリエーノ墓地を訪れたマーク・トウェインは「この墓地は教会のどれよりも美しい」と書いた。大理石の天使が泣き、等身大の故人像がベンチに座り、アール・ヌーヴォーの女性像が花を手にしている。これは墓地なのか、野外美術館なのか。
なぜ墓地に彫刻が集まったのか
答えは19世紀のブルジョワ階級の競争心にある。イタリア統一後、産業革命で富を築いた新興富裕層は、貴族に対抗するための「見せ場」を必要とした。教会の中に墓を建てる権利は貴族の特権だったため、新興富裕層は公営墓地に豪華な記念碑を建てた。
彫刻家にとっては巨大な市場が生まれた。教会からの注文が減る一方で、墓地からの注文は増えた。当時の一流彫刻家が墓碑の制作に携わった結果、墓地は意図せずして彫刻の集積地になった。
スタリエーノ墓地(ジェノヴァ)
33万平方メートルの敷地に、1860年代から1930年代にかけて制作された数千体の彫刻がある。入場無料。
特徴的なのはリアリズムだ。抽象的な天使ではなく、故人の職業・趣味・死因が彫刻で表現されている。船長の墓には嵐の海が、医師の墓には患者を看取る場面が刻まれている。死者の人生が石に変換されている。
モニュメンターレ墓地(ミラノ)
1866年開園。ミラノの産業資本家たちが競って豪華な墓碑を建てた。エットーレ・ヒメネスやジャンニーノ・カスティリオーニといった彫刻家の作品がある。
ここは「屋外のギャラリー」として公式に観光案内されている。ミラノ市が墓地の彫刻マップを作成し、ガイドツアーも実施している。死者と観光の共存が、違和感なく成立しているのがイタリアだ。
墓地と在住者の日常
イタリアの墓地は日本の墓地よりも日常に溶け込んでいる。毎週花を持って墓参りする人がいる。11月1日の「死者の日(Il giorno dei morti)」と翌2日の「万霊節」には墓地が花で埋まる。
在住外国人がイタリアの墓地を散歩するのは、全く奇異なことではない。地元の人も散歩コースとして使っている。ただし写真撮影は墓参者への配慮を忘れずに。特に新しい墓の前で撮影するのは避けた方がいい。
墓地の彫刻を見ていると、イタリア人の死に対する態度が見えてくる。死を隠すのではなく、美しく飾る。悲しみを抑えるのではなく、石に刻む。死者を「見えなくする」日本の都市設計とは対照的な文化がそこにある。
イタリアの墓地は「死んだ後もどう見られたいか」の展示場だ。その執着を美しいと思うか、虚しいと思うかは人それぞれだが、大理石の天使が100年以上泣き続けている事実は、それ自体がひとつの答えだ。