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エスプレッソの抽出科学——9気圧・25秒・93度の方程式

イタリアのバールで出されるエスプレッソは、9気圧の圧力・25秒の抽出時間・93度の湯温で成り立つ。この数値が1つでもずれると味が崩壊する理由を、化学の視点から解説します。

2026-05-22
エスプレッソコーヒー科学バール食文化

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エスプレッソ1杯に含まれるコーヒーの量は7〜9グラム。ドリップコーヒーの約半分だ。にもかかわらず、味の強度はドリップの3倍以上。この濃縮を可能にしているのが「9気圧」という圧力だ。タイヤの空気圧の約3倍の力で、コーヒーの粉を湯が通過する。

なぜ9気圧なのか

1948年、アキーレ・ガッジアがレバー式エスプレッソマシンを開発したとき、レバーを押す人間の力で安定的に生成できる圧力が約9気圧だった。つまり9気圧は物理学的な最適値ではなく、人間工学的な偶然の産物だ。

しかし結果的に、9気圧は抽出のスイートスポットにあった。8気圧以下では油脂分が十分に乳化されず、クレマ(表面の金色の泡)が形成されない。10気圧以上では過抽出が起き、苦味が支配的になる。

25秒の意味

バリスタが抽出ボタンを押してから約25秒(±5秒)でエスプレッソが完成する。この時間は、湯がコーヒーの粉を通過する速度によって決まる。粉の挽き目が細かすぎれば湯の通過が遅くなり過抽出になる。粗すぎれば速く通過して未抽出になる。

イタリアのバリスタは1日に数百杯を淹れる中で、湿度や気温に応じて挽き目を微調整している。雨の日は湿気で粉が膨張するため、晴れの日より少し粗く挽く。この感覚的な調整が「職人技」と呼ばれる部分だ。

93度の理由

抽出温度が96度を超えると、コーヒー豆のクロロゲン酸が過度に分解されてエグみが出る。88度以下では酸味が支配的になり、バランスが崩れる。90〜96度が許容範囲で、93度前後がイタリアの多くのマシンメーカーが推奨する温度だ。

イタリアのバールで飲むエスプレッソ

イタリアのバールでエスプレッソは1〜1.50ユーロ(160〜240円)。カウンターで立って飲む場合の価格だ(テーブル席に座ると価格が上がる店もある)。

注文は「Un caffè, per favore」の一言で済む。イタリアで「caffè」と言えばエスプレッソのことだ。アメリカーノやカプチーノが欲しい場合は明示的に言う必要がある。

砂糖を入れるかどうかは好みだが、イタリア人の多くは砂糖を入れる。「エスプレッソにはブラックで」という美学は、イタリアよりもサードウェーブコーヒー文化圏(北欧や東京のスペシャルティコーヒーショップ)の価値観だ。

バリスタが淹れたエスプレッソのクレマが3mm以上あり、均一な色で、スプーンで表面をなぞったときにゆっくり戻れば、そのバールは信頼できる。

9気圧、25秒、93度。この3つの数字を知ったからといって、おいしいエスプレッソが淹れられるわけではない。しかしこの数字を知った上でイタリアのバールに立つと、カウンターの向こう側で起きている「事件」の解像度が上がる。

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