トリノの産業遺産——フィアットが作り、フィアットが去った街
トリノはかつてイタリアの自動車産業の中心地だった。フィアットの本社、リンゴットの巨大工場、労働者の街。だが2000年代にフィアットが生産拠点を国外に移すと、トリノは「工場の跡地で何をするか」という問いに直面した。廃工場を美術館に変えた街の現在を追う。
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トリノの南部に「リンゴット(Lingotto)」と呼ばれる建物がある。全長500m、5階建て。1923年に完成した当時、ヨーロッパ最大の自動車工場だった。1階で部品を組み立て、フロアを上がるごとに車が完成に近づき、屋上のテストトラックで試走する——工場そのものが縦型の生産ラインだった。1日80台のフィアット車がここから出荷されていた。今この建物にはショッピングモール、ホテル、美術館が入っている。工場は1台の車も作っていない。
フィアットとトリノの100年
トリノとフィアットの関係は、デトロイトとフォードの関係に近い。1899年にジョヴァンニ・アニェッリがトリノでFIAT(Fabbrica Italiana Automobili Torino=トリノ・イタリア自動車製造)を設立して以来、トリノの経済・都市計画・文化はフィアットを中心に回った。
1950〜70年代の「経済の奇跡(Miracolo economico)」期には、南イタリアから大量の労働者がトリノに移住した。フィアットのミラフィオーリ工場は最盛期に5万人以上の従業員を抱え、トリノの人口は1951年の72万人から1971年に120万人まで膨れ上がった。街の北部と南部にはフィアット労働者向けの団地が林立し、バール(喫茶店)もスーパーもフィアット従業員の生活リズムで動いていた。
工場が去った後
2000年代、フィアット(現ステランティス)は生産の多くをポーランド、ブラジル、トルコなどに移した。ミラフィオーリ工場は稼働を続けているが、従業員数は最盛期の数分の一だ。トリノは「ワンカンパニータウン」の宿命——基幹産業が去った後にどうするか——に直面した。
トリノが選んだのは、産業遺産を文化資産に転換する方法だった。
リンゴット: 建築家レンゾ・ピアノの設計で1989年から改装が始まった。現在はショッピングセンター「8 Gallery」、「NHトリノ リンゴット テック」ホテル、アニェッリ家の美術コレクションを収蔵する「ピナコテカ・アニェッリ」が入居する。屋上のテストトラックは今もそのまま残っており、見学可能だ(美術館入館料€15、約2,400円)。
OGR(Officine Grandi Riparazioni): 1895年建設の鉄道車両修理工場。2017年にアート・テクノロジーの複合施設として再オープンした。現代アートの企画展、テックスタートアップのインキュベーター、ライブ音楽の会場が同居する。入場は展示によるが、無料イベントも多い。
国立映画博物館(Museo Nazionale del Cinema): アントネッリアーナの塔(高さ167m)の内部に設置された映画博物館。塔自体は1889年にユダヤ教のシナゴーグとして建設が始まったが完成前に用途変更され、最終的に映画博物館になった。トリノは1904年にイタリア初の映画スタジオが開設された街でもある。入館料€15(約2,400円)、塔のエレベーター込みで€20(約3,200円)。
自動車文化の痕跡
フィアットの工場は縮小したが、トリノの自動車文化は消えていない。
国立自動車博物館(MAUTO): ポー川沿いに2011年にリニューアルオープンした自動車博物館。フィアット500の初代モデルからランチア、アルファロメオまで、イタリア車約200台を含む世界中の自動車が展示されている。入館料€15(約2,400円)。
トリノの街を走ると、フィアット500(Cinquecento)の旧型モデルを今でもよく見かける。1957年に発売された初代500は、イタリアのモータリゼーションの象徴だ。全長わずか2.97m。この小さな車がイタリアの中産階級に「自家用車を持つ生活」をもたらした。イタリア版の国民車であり、フォルクスワーゲン・ビートルのイタリア版ともいえる。
トリノに住むという選択
在住者の視点で見ると、トリノはミラノやローマに比べて際立つ特徴がある。家賃の安さだ。トリノ中心部の50㎡のアパートで月€500〜€800(約80,000〜128,000円)程度。ミラノの同条件が€1,000〜€1,500であることを考えると、半額近い。
食のレベルも高い。ピエモンテ州はバローロ・バルバレスコのワイン産地であり、白トリュフの名産地アルバまで車で1時間。チョコレート産業も盛んで、ジャンドゥーヤ(ヘーゼルナッツチョコ)はトリノ発祥だ。
アルプスが近い。トリノから車で1〜2時間でスキーリゾートに着く。2006年の冬季オリンピックの開催地でもある。
ミラノほどの仕事の選択肢はない。ローマほどの観光インフラもない。だがトリノには、巨大工場が去った後に自分たちの街を作り直そうとしている空気がある。廃工場を美術館にし、鉄道修理場をスタートアップの拠点にし、自動車博物館で自分たちの歴史を展示する。トリノは過去を壊すのではなく、過去の上に新しい機能を載せる方法を選んだ街だ。