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韓国のチキン屋がコンビニより多い理由——参入障壁ゼロの産業

韓国のフライドチキン店は約8万7,000店。コンビニ(約5万4,000店)の1.6倍だ。この過密は「チキンがおいしいから」ではなく、退職者の受け皿として機能しているからだ。

2026-05-18
韓国チキンフランチャイズ退職経済

この記事の日本円換算は、100KRW≒10.5円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(KRW)の金額を基準にしてください。

韓国統計庁のデータによると、韓国のチキン専門店は約87,000店(2023年時点の推計、業界団体資料含む)。人口約5,175万人で割ると、約595人に1店舗。日本の牛丼チェーン(吉野家・すき家・松屋の合計約4,200店)の20倍以上だ。

なぜこんなにチキン屋が多いのか。答えは鶏肉ではなく雇用にある。

「退職したらチキン屋」というテンプレート

韓国の大企業では40代後半〜50代前半での「名誉退職(명예퇴직)」が一般的だ。定年(60歳)前に事実上の退職勧奨を受ける。退職金はまとまった額が出るが、次の就職先を見つけるのは難しい。

このとき最も参入障壁が低い自営業がフランチャイズのチキン店だ。

開業コストの目安:

  • フランチャイズ加盟金: KRW 500万〜2,000万(約52万〜210万円)
  • 内装・設備: KRW 5,000万〜1億(約525万〜1,050万円)
  • 合計: KRW 6,000万〜1.2億(約630万〜1,260万円)

退職金で賄える範囲であり、特別な資格や技術も不要。フランチャイズ本部がレシピ・食材供給・マニュアルを提供するため、飲食業未経験でも始められる。

過当競争の構造

8万7,000店が同じ市場で競争するとどうなるか。1店舗あたりの月間売上はKRW 1,500万〜3,000万(約157万〜315万円)程度(零細飲食業の平均値から推計)。ここから食材費(30〜35%)、家賃、人件費、フランチャイズロイヤリティを引くと、オーナーの手取りはKRW 200万〜500万(約21万〜52万円)になる。

韓国の自営業者の廃業率は高い。5年以内の廃業率が約80%という統計もある(中小企業庁データ)。チキン店もこの数字から大きく外れない。

チキンとビール(치맥)という文化装置

チキン+ビール=치맥(チメク)は韓国の国民的な食文化だ。サッカーの試合がある夜、金曜日の仕事帰り、漢江の公園——あらゆる場面でチメクが消費される。

2014年のドラマ『星から来たあなた(별에서 온 그대)』で女優チョン・ジヒョンがチメクを食べるシーンが中国で話題になり、中国からの観光客がチキン店に殺到した。文化コンテンツが産業を支える典型的なパターンだ。

デリバリー文化との相性も良い。韓国のフードデリバリー市場はKRW 26兆(約2兆7,300億円、2023年推計)規模で、チキンはデリバリー注文の上位を常に占めている。

フランチャイズ本部の利益構造

興味深いのは、チキン店の廃業率が高くても、フランチャイズ本部は儲かるという構造だ。

本部の収益源は加盟金・ロイヤリティ・食材供給のマージンであり、個別店舗が黒字か赤字かとは独立している。新しいオーナーが加盟し、数年で廃業し、また新しいオーナーが加盟する——この回転が本部の収益を支えている。

「次のチキン屋」にならないために

韓国社会では「チキン屋を開く」は「最後の手段」を意味する俗語になっている。退職後のセカンドキャリアとして安易にフランチャイズに手を出し、数年で退職金を失うパターンが社会問題として認識されている。

8万7,000店のチキン屋。その1つ1つに、40代後半で会社を追い出された誰かのセカンドチャンスが乗っている。チキンの味ではなく、労働市場の構造がこの数字を作った。

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