韓国の教育熱は文化じゃなくて、経済合理性から来ている
「韓国人は教育熱が高い」という文化論を捨て、チェボル支配の経済構造から教育過熱の原因を読み解く。競争は文化ではなく構造の産物だ。
韓国の教育熱は、韓国人が教育好きだから生まれたわけではない。「良い大学→良い会社」以外のルートがほぼ存在しない経済構造が、全員を同じ狭い道に押し込んでいる。
韓国の大学進学率は約70%を超える。高校生の大半が塾(학원、ハグォン)に通い、ソウルの大峙洞(テチドン)は塾が密集する「教育特区」として有名だ。家計の教育支出はOECD平均を大きく上回る。
これを「儒教文化の影響」「韓国人の向学心」で説明する記事は多い。でもその読み方は、原因と結果を取り違えている。
ボトルネックはチェボル
韓国経済の特徴は、少数の巨大財閥(チェボル)が経済の大部分を支配している点にある。サムスン、現代、SK、LG——上位10社グループの売上高がGDPの相当な割合を占める。
これが教育と何の関係があるか。
チェボル系企業の給与水準と福利厚生は、中小企業と大きな差がある。韓国の大企業と中小企業の賃金格差は、日本や欧州と比べても際立っている。つまり「どの企業に入るか」が生涯収入を決定的に左右する社会になっている。
チェボル系企業の採用基準は明確で、「SKY」(ソウル大・高麗大・延世大)を筆頭とする上位大学の卒業が事実上の必須条件だ。書類選考の段階で大学名によるフィルタリングが行われる。
ここまで構造を見れば、教育熱が「文化」ではなく「経済合理性」であることがわかる。上位大学に入る→チェボル系に就職する→生涯賃金が大幅に上がる。このルートが唯一の高リターン経路であるなら、全員がそこに殺到するのは当然だ。
なぜ代替ルートが育たないのか
日本にも学歴フィルターは存在する。でも日本には中小企業でも安定したキャリアを築けるルートがあり、公務員や資格職(医師、弁護士、会計士など)という別経路も充実している。
韓国では中小企業の待遇が相対的に低く、起業のハードルも高い。韓国の自営業比率は先進国で最も高い部類に入るが、これは「起業家精神が旺盛」なのではなく「企業に入れなかった人が自営に流れる」構造の結果だ。自営業の廃業率も高い。
公務員は人気だが、採用数が限られている。9級公務員試験の競争率は異常に高く、「公試族(공시족)」と呼ばれる長期受験者が社会問題になっている。
つまり、代替ルートが構造的に弱いから、「上位大学→チェボル」の一本道に人が集中する。教育熱は文化的嗜好ではなく、選択肢の少なさから来る合理的な行動だ。
塾産業という巨大市場
この構造が生み出した副産物が、韓国の塾産業だ。
韓国の私教育(사교육)市場は年間26兆ウォン規模とも言われる。ソウルの大峙洞には数百の塾が密集し、「スター講師」は年収数十億ウォンを稼ぐ。保護者は子どもの塾費に月数十万ウォンから百万ウォン以上を投じる。
政府は何度も塾規制を試みてきた。夜10時以降の営業禁止(実効性は限定的だった)、公教育の質の向上、大学入試改革——しかし根本原因である「チェボル集中型の経済構造」を変えない限り、需要側の圧力は消えない。
塾禁止令を出しても、家庭教師やオンライン塾に流れるだけだ。規制は供給を叩いているが、需要は構造が作っている。
少子化との因果関係
韓国の合計特殊出生率は0.72(2024年)で、世界最低水準だ。
教育費負担がこの少子化と無関係なわけがない。子ども一人を「まとも」に育てるためのコスト——塾、英語教育、留学、大学——が家計に重くのしかかる。二人目、三人目を持つ余裕がない。
ここにも構造がある。教育費が高いのは、教育のリターンが一部のルートに集中しているから。リターンが集中しているのは、経済がチェボルに集中しているから。少子化の根本原因を辿ると、財閥支配の経済構造に行き着く。
日本との差異
日本も「学歴社会」と言われるが、韓国ほどの圧力にはなっていない。理由はいくつかある。
まず、大企業の寡占度が韓国ほど極端ではない。日本には多層的な企業群があり、大企業以外でも一定の待遇が得られる。次に、新卒一括採用と終身雇用のセーフティネット(崩れつつあるが)が、「一度のチャンスで全てが決まる」感覚を韓国ほど強めていない。
そして日本は職人文化や技術系のキャリアパスが存在する。大学に行かなくても社会的に尊重されるルートがある。韓国ではこのルートが相対的に弱い。
「教育熱心な文化」を疑う
「韓国人は教育を大事にする民族だ」——この言い方は、構造の問題を文化に帰属させてしまう。
教育に投資する行動は、投資のリターン構造を見れば説明がつく。リターンが一点集中しているなら、全員がその一点を目指すのは合理的だ。文化や民族性を持ち出す必要はない。
同じ構造が別の国に生まれれば、同じ教育熱が発生する。中国の高考(ガオカオ)過熱がその傍証だ。
韓国の教育問題を解決するなら、塾を規制するのではなく、「チェボル以外でもまともに生きられる経済」を作るほうが構造的に正しい。それがどれだけ難しいかは、また別の話だけれど。