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韓国の私教育市場は29兆ウォン。学校教育と並走する「並行教育産業」の話

2024年、韓国の私教育費は29兆2000億ウォン(約3兆円)と過去最高を更新した。なぜ学校が存在するのに、それと並行してこれほどの市場が成立しているのか。

2026-04-08
韓国教育大学受験社会

この記事の日本円換算は、100KRW≒10.5円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(KRW)の金額を基準にしてください。

世界に「影の教育システム」を持つ国は多い。日本の学習塾も韓国の学院(ハゴン)も、中国の補習班も、同じカテゴリに見える。しかし韓国の場合は規模が別格だ。

2024年、韓国の私教育費の総額は29兆2000億ウォン(約3兆660億円)に達した。前年比7.7%増で、4年連続で過去最高を更新している。

これを人口で割ると、韓国の全小中高校生(約527万人)1人あたり年間約55万円を私教育に費やしている計算になる。全員が均等に使っているわけではないが、規模の概念として把握できる数字だ。

学校と学院という「二重の学校」

韓国の公立学校は午後3〜4時ごろに終わる。しかし多くの生徒の1日はそこで終わらない。

放課後、英語学院・数学学院・論述学院・芸術学院・スポーツ学院と、複数の「ハゴン(학원)」を梯子する。仁川や江南では、夜10時以降に学院から出てきた中学生が横断歩道を渡る光景が普通だ。

この構造を生態学的に見ると「重複ニッチ」だ。学校という公的な教育機関と、学院という私的な教育産業が、同じリソース(生徒の時間と家庭の収益)を争っている。通常、重複ニッチでは一方が滅亡するか、生態的分離が起きる。韓国で起きたのは分離だ——学校は「カリキュラムの修了」を担い、学院は「大学入試の最適化」を担う、という役割分担が実質的に成立した。

なぜこの市場が存在するか

答えは大学受験制度にある。

韓国の大学入試は修学能力試験(수능 スヌン)という全国統一試験が中心だ。この試験の結果が進学できる大学をほぼ決定し、大学が就職の大部分を決め、就職が所得と社会的地位を決める——という認識が広く共有されている(実態がどこまでそうかは別として、認識がそう)。

ゲーム理論で言う「囚人のジレンマ」が成立している。誰か一人が塾に行くのをやめても、他の全員が行き続けるなら、塾をやめた人が不利になる。全員が「やめよう」と同時に決断できない構造だ。韓国政府は過去に学院の深夜営業禁止(夜10時以降の授業禁止)などの規制を導入しているが、市場自体を縮小させることはできていない。

人気講師の経済学

韓国の有名学院講師の収入は、国会議員の国政監査で名前が挙がるほどの金額だ。年収数十億ウォン(数十億円)に達するトップ講師が存在し、スター講師の授業動画はオンラインで販売されている。

この構造はJリーグではなく音楽産業に近い。スタジアム(学院の物理的スペース)に来られる人数には限界があるが、録音(オンライン授業)は無限に複製できる。デジタル化が、講師の経済的上限を物理的制約から解放した。

韓国の学院産業がオンライン化を先駆けて進めたのも、この論理に沿っている。2020年のコロナ禍以前から、オンライン学院プラットフォームは急成長していた。

少子化との矛盾

韓国の合計特殊出生率は2023年に0.72と、世界の国家統計で最低水準を記録した(2024年は0.75に微回復)。少子化が進む中で、なぜ私教育費の総額が増え続けるのか。

子どもの数が減っても、1人あたりの教育投資額が増えているからだ。子どもが少ないほど「この子1人に集中する」という判断が働きやすい。人口あたりの市場規模が大きくなる現象だ。

生物学的な比喩では「K戦略」に近い。多くの子を産んで一定数の生存を確保するr戦略ではなく、少ない子どもに大量の資源を投入してその子の生存・成功確率を最大化するK戦略だ。韓国の教育投資はその極端な形として機能している。

日本と韓国の違い

日本にも学習塾は当然存在するが、規模と社会的位置づけが違う。

文部科学省の統計では、日本の中学生が学習塾に通う割合は約55%。韓国のデータでは、小中高校生全体の私教育参加率は73%超だ。また、1人あたりの支出額も韓国の方が高い傾向がある。

より根本的な違いは「諦め」の構造だ。日本では「学歴が全てではない」という感覚が、特に地方では根強い。韓国では、学歴経路が所得と生活水準に与える影響が数字として可視化されており(SKY大卒と非大卒の生涯賃金格差に関する研究が複数ある)、「やればどうにかなる」よりも「やらないと取り残される」という緊張感が強い。

在住日本人と韓国の教育文化

韓国に赴任・移住した日本人家族が直面する課題の一つが、この教育環境だ。

子どもが韓国の公立学校に通うと、周囲の子がハゴンに行き始める時期が来る。「うちは行かせなくていい」と判断することもできるが、子ども本人が「周りと同じにしてほしい」と感じる状況も生まれる。

また、韓国語の習得に苦労する子どもにとっては、日本語補習校と韓国語の学院を掛け持ちするというケースも少なくない。2つの教育制度の間で子育てを続ける感覚は、日本に帰国してから初めて「あれは独特の経験だった」と気づくことが多いらしい。


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