Kaigaijin
海外在住日本人のメディア
仕事・キャリア

韓国のIT企業で社員が英語名で呼び合う理由——敬語を捨てる実験

一部の韓国企業では役職も年齢も外し、社員が英語のニックネームで呼び合う。この風変わりな制度が、韓国語そのものに組み込まれた上下構造への対抗策として広がっている背景を読み解く。

2026-08-04
職場文化英語名スタートアップ組織ヒエラルキー

この記事の日本円換算は、100KRW≒10.5円で計算しています(2026年6月時点)。為替は変動するので、現地通貨の金額を基準にしてください。

韓国のあるIT企業に入ると、上司を「部長」や「常務」ではなく、「ライアン」や「ジョイ」といった英語のニックネームで呼ぶ。年下の新入社員が、勤続20年のベテランをファーストネームで呼ぶ光景がそこにある。

これは欧米かぶれの演出ではない。韓国語に深く組み込まれた上下構造を、制度の力で外そうとする真剣な試みだ。

役職呼称が議論を止めていた

背景には、伝統的な韓国企業の呼称文化がある。役職名で呼び合う組織では、相手を呼んだ瞬間に上下が確定する。年下が年上に異論を言うとき、敬語と役職の壁を越える心理的コストが高い。

会議で「それは違うと思います」を、上下関係を崩さずに言うのは難しい。結果として、現場が気づいた問題が上に届きにくくなる。スピードが命のIT業界にとって、これは見過ごせない損失だった。

英語名は「年齢のリセットボタン」

そこで一部の企業が導入したのが、全員を英語のニックネームで呼び、敬語も極力フラットにするルールだ。

英語名には年齢や入社年次の情報が乗らない。「ライアン」と呼ぶとき、相手が55歳か25歳かは表に出てこない。呼称から上下が消えることで、発言の中身そのもので評価する土壌をつくろうとした。

これは言語の側からヒエラルキーを攻める発想だ。組織図を変える前に、まず「呼び方」という入り口を変える。人は呼ばれ方によって、相手との距離の取り方を無意識に変えるからだ。

完全には消えない年齢の重力

ただし、この制度がすべてを変えたわけではない。

呼称をフラットにしても、廊下での雑談や飲みの席では、結局おたがいの年齢を意識する場面が残る。英語名のルールが社内に限られるため、一歩外に出れば従来の上下関係が待っている。制度と、染みついた感覚のあいだには、どうしてもずれが生じる。

それでも、「呼び方を変えるだけで議論の温度が変わった」という声は少なくない。完全な平等は無理でも、上下の角を少し丸めることはできる、という実感だ。

在住者・転職者が知っておくと役立つこと

韓国で働く日本人にとって、この呼称文化は会社選びの一つの手がかりになる。英語名・フラット文化を掲げる職場は、外国人が上下の機微に悩まされにくい傾向がある。

逆に、伝統的な役職呼称の企業に入る場合は、相手の役職と年次を早めに把握しておくと立ち回りやすい。最初は全員にていねいな敬語で接し、相手の出方を見て距離を詰めていくのが無難だ。呼び方は、その会社が何を大事にしているかの宣言でもある。


英語名で呼び合う韓国企業は、奇抜なルールを楽しんでいるわけではない。言語に埋め込まれた上下を、別の言語を借りて中和しようとしている。組織を変えることの難しさと、それでも入り口の一手で空気が動くことの両方が、この小さな「呼び方」の実験に詰まっている。

コメント

読み込み中...