北村・西村——ソウルの伝統地区と現代の共存
ソウルの北村韓屋村と西村(西村)はどこが違うのか。観光地化した北村と、まだ暮らしが残る西村の違いを在住者目線で解説。景福宮エリアの歴史と現在地を紹介。
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景福宮の北側に広がる北村韓屋村は、今や日本人観光客が列をなす観光スポットだ。一方、景福宮を挟んで西側に位置する西村(ソチョン)には、まだ「生活」が残っている。同じエリアで全く異なる空気が漂う。
北村韓屋村の現在
北村は朝鮮時代(조선 시대)の両班(ヤンバン、士大夫階級)の住居が密集していた地区で、現在も約900軒の韓屋が保存・再生されている。ソウル市は2001年頃から「北村韓屋村保存事業」を推進し、韓屋の修繕に補助金を出してきた(出典:ソウル市公式サイト、北村案内)。
問題は観光客の過集中だ。2010年代後半から外国人観光客が急増し、早朝から路地に列ができ、住民が生活騒音に悩まされる状況が続いた。ソウル市は2023年以降、一部の人気スポット周辺に「静粛区域」を設けて観光客の大声・撮影制限を試みている(出典:ソウル市公式発表)。
西村(西村)の違い
西村は景福宮の西門(永秋門)のすぐ外側に広がる地区で、北村ほどの観光地化が進んでいない。路地に小さなカフェ・アトリエ・古書店が混在し、韓屋をリノベーションした隠れ家的な店舗が点在している。
在住日本人の間では「人混みを避けてソウルの空気を感じたいなら西村」という評価が多い。週末のランチにトンチキム(通仁市場)のドシラク(お弁当)カフェテリアを使う在住者も多く、市場内の店舗でコインを購入して好きな惣菜を選ぶ仕組みは観光客にも人気がある。
仁寺洞との比較
仁寺洞(インサドン)は伝統工芸・ギャラリー・茶房(ダバン)が集まる文化の街として長年知られてきたが、現在は土産物店が増えて観光地化が進んでいる。北村・西村と比べると、より「消費のための観光地」という性格が強くなっている。
在住者として「ソウルらしい路地裏」を求めるなら、仁寺洞より西村を歩く方が発見が多い。
景福宮と政治史の文脈
北村・西村を歩くと、景福宮が中心軸に見えてくる。景福宮は1395年に朝鮮王朝の正宮として建設されたが、日本統治時代(1910〜1945年)には正門前に朝鮮総督府庁舎が建設され、宮殿の景観が遮られた歴史がある。この建物は1995年に光復50周年を機に撤去されている(出典:文化財庁)。
在住者としてこの歴史的な文脈を知っていると、「なぜ景福宮の修復にこれだけの予算をかけるのか」というソウル市の姿勢が少し理解しやすくなる。観光地としてだけでなく、民族のアイデンティティと結びついた場所だという背景がある。