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冷麺は「南北分断の味」——一杯の冷たい麺に刻まれた韓国近代史

韓国の夏の定番、冷麺。実はこの料理の二大系統は朝鮮半島の地理と分断の歴史を映している。一杯の冷たい麺から、見えにくい韓国近代史を読み解く。

2026-08-06
冷麺歴史南北分断食文化

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韓国の夏、冷たく澄んだスープに細い麺が沈む冷麺は、暑さをしのぐ定番だ。だが、ソウルの冷麺の名店をたどっていくと、奇妙なことに気づく。多くの老舗が「平壌(ピョンヤン)式」を看板に掲げている。平壌は、いまの北朝鮮の首都だ。

なぜ韓国の冷麺の本流が、国境の向こうの都市の名を冠しているのか。そこに近代史が刻まれている。

二つの系統が示す地理

韓国の冷麺は、大きく二つの系統に分かれる。

一つは平壌冷麺。そば粉を多く使った麺に、牛や雉などからとった澄んだスープを合わせる。味付けは驚くほど淡白で、「最初は味がしないと感じるのに、後を引く」と評される。もう一つは咸興(ハムフン)冷麺。じゃがいもやさつまいものでんぷんを使ったコシの強い麺を、辛い和えだれで食べる「ビビン」系統だ。

どちらも、もとは朝鮮半島北部の料理である。寒い北の地で、冬に冷たい麺を食べる文化として育った。

戦争が運んだレシピ

これらの北の料理が、なぜ南のソウルや釜山で食べられるのか。

朝鮮戦争(1950〜1953年)の前後、多くの人々が北から南へ移った。その中に、冷麺づくりの技術を持つ人たちがいた。彼らが南で開いた店が、平壌式・咸興式の冷麺をソウルや各地に根づかせた。つまり、いま韓国で食べる冷麺の多くは、分断によって南へ運ばれたレシピの末裔だ。

一杯の冷麺の背後に、故郷を離れざるを得なかった人々の移動の歴史がある。淡白な平壌冷麺の味を「故郷の記憶」として守り続けた人たちがいたから、いまの韓国にこの味が残っている。

「味がしない」ことの価値

平壌冷麺の初心者がよく戸惑うのが、その淡白さだ。濃い味に慣れていると、最初は物足りなく感じる。

ところが、何度か通ううちに、出汁のかすかな旨味と、そば粉の香りが分かるようになる。「冷麺の味が分かると大人」と言われることもある。この控えめさを尊ぶ感覚自体が、北部の食文化の美意識を受け継いでいる。和えだれで一気に押してくる咸興冷麺とは、まったく違う方向の洗練だ。

在住者・旅行者の楽しみ方

韓国で夏に冷麺を食べるなら、まず平壌式と咸興式のどちらかを意識して選ぶといい。さっぱり食べたい日は平壌式、しっかり辛いものが欲しい日は咸興式、という選び方ができる。

老舗の平壌冷麺店では、はさみで麺を切らずにそのまま食べるのが通とされる。スープに酢やからしを足して味を調整するのも、その日の気分で。一杯おおむね1万〜1万5,000ウォン(約1,050〜1,575円)前後が相場の目安だ。


冷麺は、ただの夏の麺料理ではない。淡白なスープの一杯に、分断され、移動した人々の記憶が溶けている。「平壌式」という看板の意味を知ってから食べると、その冷たい麺が、韓国の見えにくい近代史を語りかけてくるように感じられる。

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