消費税をやめた国——マレーシアがGSTを廃止してSSTに戻した実験のその後
マレーシアは2018年に導入済みの消費税を廃止し、旧来の売上・サービス税に戻した。世界的にも珍しいこの逆行が何を示しているかを読み解く。
この記事の日本円換算は、1MYR≒39円で計算しています(2026年6月時点)。為替は変動するので、現地通貨(MYR)の金額を基準にしてください。
税金というものは、いったん導入されると、まず廃止されません。徴収の仕組みが整い、それを前提に予算が組まれ、事業者の業務も対応済みになる。戻すコストのほうが高くつくからです。
マレーシアは、それをやりました。
何が起きたか
マレーシアは2015年に、付加価値税型の消費税であるGST(Goods and Services Tax)を導入しました。多くの国が採用している方式で、流通の各段階で課税し、仕入れにかかった税額を控除していく仕組みです。
そして2018年、政権交代を経てGSTは廃止されます。代わりに復活したのが、それ以前に使われていたSST(Sales and Service Tax)でした。
SSTは、GSTとは課税の考え方が違います。GSTが幅広い取引に薄く課税するのに対し、SSTは対象となる物品やサービスに限定して課税する方式です。税率も一律ではなく、区分によって異なります。
その後、2025年には課税対象を拡大する改定が行われました。廃止したはずの「広く課税する」方向に、部分的に戻りつつあるとも読めます。
なぜ廃止できたのか
GST廃止は、選挙の争点でした。生活費の上昇に対する不満が強く、その象徴として消費税が名指しされた。廃止を掲げた側が政権を取り、公約通り実行した。
つまりこれは、税制の技術的な判断というより、政治的な意思決定です。経済学的な最適性ではなく、有権者の受け止め方が決めた。
そしてこの点が、この事例を興味深くしています。税制は本来、専門的な議論の領域とされます。でも実際には、税は国民が日々払うもので、その痛みは専門知識なしに感じられる。専門家の合意と、有権者の実感がずれたとき、民主制はどちらを選ぶのか——という問いに、この国は一つの答えを出しました。
税収という現実
一方で、財政の側から見ると難しい問題が残ります。
GSTは、幅広い取引を捉える分、税収の安定性が高いとされます。廃止すれば、その分の歳入が消える。マレーシアの場合、石油関連の収入が財政に一定の比重を占めており、資源価格の変動が財政に響く構造があります。
だからこそ、資源に依存しない安定的な税収の確保は、この国の長年の課題でした。GSTはその答えとして導入された面があります。
廃止後、財政をどう支えるかという問いは残り続けました。SSTの課税対象拡大は、その回答の一つと見ることができます。名前は変わっても、必要な歳入は変わらない。
事業者側のコスト
見落とされがちなのが、制度変更そのもののコストです。
GSTの導入時、事業者は会計システムを対応させ、業務手順を変え、従業員を訓練しました。数年後に廃止され、今度は逆の作業をやり直すことになった。
これは経済学でいう「調整費用」で、税率の高低とは別に発生する負担です。制度が頻繁に変わる国では、この費用が事業運営の見えないコストとして積み上がります。
予見可能性という言葉は抽象的に響きますが、実務ではこういう形で現れます。来年のルールが読めない環境では、投資の判断が慎重になる。
在住者にとっての実際
生活者の立場では、日常的に意識する場面はそれほど多くありません。買い物のレシートに税額が表示されるかどうか、飲食店の請求にサービス税が加算されるかどうか、という形で接します。
ただし、次のような場面では確認が必要になります。
飲食店や宿泊施設の請求では、表示価格に税やサービス料が加算されることがあります。メニューの隅に小さく「++」と印刷されていたら、それが加算の合図です。メニューの価格が最終的な支払額とは限らないので、記載を確認する習慣を持っておくと、会計で驚かずに済みます。屋台や葉の上で食べる食堂のような小規模な店では、そもそも加算がないことが多く、店の形態によって扱いが変わります。
事業を営む場合は、自分の取り扱う物品やサービスが課税対象に含まれるかどうかの判定が必要になります。ここは専門的な領域なので、会計事務所に確認するのが確実です。
税制の詳細と対象範囲は改定が続いている領域です。実務で必要な場合は、税務当局(Kastam)の公式情報か、専門家に確認してください。
この事例が示していること
税制史の中で、導入済みの付加価値税を廃止した例は多くありません。だからマレーシアのケースは、各国の政策担当者から注目されました。
そこから読み取れることの一つは、税の「効率性」と「受容性」が別物だという点です。経済学的に優れた設計であっても、国民が受け入れなければ持続しません。
もう一つは、税制が生活費の上昇と結びつけて理解されやすいという点です。実際の物価上昇の原因は複合的で、通貨の対外的な価値がどう動いてきたかや輸入価格の影響も混ざっています。税だけで説明できるものではない。それでも、レシートに印字される税額は目に見える。見えるものが、原因として名指しされる。
そしてこの「名指し」が、どの言語圏でどう報じられたかによっても受け止め方は変わります。同じ出来事が言語ごとに違う文脈で語られる報道環境では、税の議論も一枚岩にはなりません。世論調査の数字だけを見て「国民が反対した」と要約すると、誰がどこでそう言ったのかが抜け落ちます。
見えることの重み
日本でも、消費税は導入と税率変更のたびに大きな議論になってきました。所得税や社会保険料のほうが金額として重い人でも、消費税の議論のほうが感情的になる。
理由はたぶん、可視性です。給与から天引きされるものは、月に一度、明細の中で見るだけ。消費税は、買い物のたびに目に入る。
マレーシアのGST廃止は、この可視性が政治的にどれほどの力を持つかを示した事例でもあります。制度の良し悪しとは別に、見えるものが動かす力がある。
レシートの下のほうに印字される数行を、そういう目で眺めてみると、そこに国の予算と選挙の結果が同時に写っていることがわかります。