マレーシア人の社交インフラはカフェでも居酒屋でもなく、マママックだった
24時間営業のマママックは単なる食堂ではない。人種・階層を超えた社交の場として機能し、マレーシア社会の縮図がそこにある。在住者が驚く「飯屋以上の存在」を解説する。
この記事の日本円換算は、1MYR≒33円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨の金額を基準にしてください。
深夜1時、クアラルンプールの路地裏にあるマママック。プラスチック椅子に、スーツ姿のマレー系ビジネスマン、作業服のインド系労働者、Tシャツ姿のチャイニーズ学生が並んで座っている。トゥッ(チャイティー)を飲みながら、誰も特別気を遣っている様子はない。
日本から来た人間がこの光景を最初に見ると、少し驚く。
マレーシアには「人種の分離」という側面がある。住宅街はブミプトラ政策の影響で民族ごとに偏りがあり、学校も宗教や民族系列で分かれていることが多い。それでも社会が一定のまとまりを保っているのは、こういう場所があるからだと、長年住む在住者は言う。
マママックは、インド系ムスリムが経営するオープンエアの食堂だ。ナシレマ(ご飯の料理)、ロティチャナイ(薄焼きパン)、ミーゴレン(焼きそば)、チャイティー。値段は1品3〜8MYR(約100〜264円)が中心。ハラル認証の店がほとんどなので、宗教的な制約を気にするマレー系ムスリムも入れる。ベジタリアンメニューがあるのでヒンドゥー系にも対応できる。
結果として、民族・宗教・階層が混在する空間になる。
24時間営業の意味は思ったより深い。
マレーシアでは深夜労働や夜間シフトが多く、工場や建設現場で働く人々の食事時間は不規則だ。そういう人たちにとって、深夜でも開いていて1食5MYR(約165円)以下で食べられる場所は命綱に近い。と同時に、深夜に仕事帰りの会社員が「ちょっと一杯飲みたい」代わりに来る場所でもある(アルコールは出ない)。
サッカーのW杯予選がある夜、マママックのテレビの前は満員になる。選挙前日、政治の話をしながら同じチャイティーを飲む。ラマダン明けの祝日、普段来ない人々が家族連れで来る。
在住の日本人が最初にマママックを訪れるとき、戸惑いのポイントがいくつかある。
まず、注文システムが独特だ。席に座ると、飲み物担当と食べ物担当が別々に注文を取りに来る。飲み物は先払い、食べ物は後払いのことが多い。英語は通じる店がほとんどだが、メニューが壁に書いてあるだけで渡されないことも多い。「チャイ・タリック(泡立てチャイ)ひとつ」「ロティチャナイひとつ」これだけ言えれば最低限は乗り越えられる。
次に、衛生面の感覚差。オープンエアで猫が歩いていることもあり、日本基準で見ると気になる人もいる。実際のところ、在住数年の日本人のほとんどは「慣れる」と言う。食中毒リスクがゼロではないが、回転率が高くて鮮度が保たれていることが多い。
KLに住んで1年が経つと、「マママックのある生活」が当たり前になる。
深夜に小腹が空いた、友人と話したい、でも財布は薄い。そういうときに向かう場所として、マママックは機能する。チャイ1杯2MYR(約66円)で何時間でも座っていられる。誰も追い出さない。
これを「居場所のコスパ」と呼ぶのは少し違う気がするが、都市生活における精神的なインフラという意味では、日本の公園やコンビニに近い役割を果たしている。ただし、そこには必ず人がいて、会話があって、熱いチャイがある。
在住者が「マレーシアを離れたくない理由」を聞くと、よくマママックが出てくる。食べ物の話をしているようで、実は社会の話をしている。