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社会

ペトロナスツインタワーは、マレーシアが自分自身に向けて建てたものだ

1998年完成時に世界最高峰だったツインタワー。観光客のためではなくマレーシア国民のナショナルプライドのために建てた背景を、新興国の超高層建築の経済心理学から読む。

2026-04-07
マレーシアペトロナスツインタワーナショナリズム超高層ビルマハティール

ペトロナスツインタワーは誰のために建てられたか。観光客? いや、マレーシア国民自身だ。正確に言えば、「マレーシア人に『自分たちはできる』と信じさせるため」に建てられた。

1998年、完成時に世界最高峰(451.9メートル)となったこのビルは、マハティール・モハマド首相(当時)の国家戦略の象徴だった。

マハティールの計算

マハティールは1981年から2003年まで(そして2018年から2020年まで再度)首相を務めた。彼の「ビジョン2020」——2020年までにマレーシアを先進国にする——は国家戦略の軸だった。

ペトロナスツインタワーはこのビジョンの物理的な具現だ。

1990年代のマレーシアは急速な経済成長の渦中にあった。でも国際社会での存在感は薄い。シンガポール、香港、東京——アジアの金融都市と比べて、KLは「知られていない都市」だった。

マハティールが求めたのは「世界に見せるシンボル」ではなく、「マレーシア人の自信を引き上げるシンボル」だった。もちろん世界に見せる効果もあったが、主要ターゲットは国内だ。

独立から40年あまり。多民族国家としてのアイデンティティがまだ固まっていない国で、全国民が誇れるものが必要だった。ペトロナスツインタワーは「私たちの国はこれができる国だ」というメッセージの器だ。

超高層ビル=新興国の自信表明

ペトロナスツインタワーだけの話ではない。新興国が超高層ビルを建てるパターンは世界中で繰り返されている。

ドバイのブルジュ・ハリファ(828メートル、2010年完成)。中国のさまざまな超高層ビル群。サウジアラビアのジェッダ・タワー(計画中、1,000メートル超を目指す)。

いずれも「経済的に合理的か」と問われると微妙だ。超高層ビルの建設費は高さに応じて指数関数的に増加する。100階建てのビルは50階建ての倍以上のコストがかかる。構造工学的な課題(風圧、地震、エレベーター効率)も増える。

経済合理性だけで見れば、超高層ビルはある高さを超えると非効率だ。でも新興国はそれを承知で建てる。なぜか。

答えは「シグナリング」だ。

シグナリング理論で読む超高層ビル

経済学のシグナリング理論は、情報の非対称性がある状況で、自分の能力をコストのかかる行動で示すことを説明する。大学の学位は「この人は4年間勉強する能力がある」というシグナルだ。学位そのものに価値があるかどうかは二次的で、「取得コストを払えた」ことが情報になる。

超高層ビルも同じだ。

「世界一高いビルを建てた」は、「このプロジェクトを完遂する技術・資金・ガバナンスを持っている」というシグナルになる。ビルそのものの経済的リターンよりも、シグナルとしての価値が大きい。

ペトロナスツインタワーが世界にシグナルしたのは、「マレーシアは世界最高峰のビルを建てられる国だ」という事実。このシグナルは外国投資家を引きつけ、国際的な認知度を高める効果があった。

でも最も大きな効果は国内向けだったと思う。

「自分たちにもできた」の心理的効果

1997年、アジア通貨危機がマレーシアを直撃した。リンギット(マレーシア通貨)は暴落し、株式市場は崩壊した。ペトロナスツインタワーの完成はまさにこの危機の最中だった。

最悪のタイミングに見えるが、逆だったかもしれない。国が経済危機で打ちのめされている中で、「世界一高いビルが完成した」というニュースは、国民の士気を支える効果があった。

「経済は苦しいが、自分たちはこれだけのものを作れる国だ」——この自信が、危機からの回復を心理的に支えた側面はある。

マハティールがIMFの支援を拒否し、独自の資本規制で危機を乗り切ったことと合わせて、ペトロナスツインタワーは「マレーシアは自力でやれる」というナラティブの物理的証拠になった。

ドバイとの比較

ドバイのブルジュ・ハリファ(2010年完成、828メートル)は、ペトロナスツインタワーの記録を大きく塗り替えた。

でもブルジュ・ハリファの文脈はペトロナスとは異なる。ドバイのターゲットは明確に「外」——国際的な投資家、観光客、多国籍企業。ドバイ自体の人口は少なく、国民向けのナショナルプライドよりも、外資誘致のためのランドマークとしての機能が強い。

ペトロナスツインタワーは「内向き」、ブルジュ・ハリファは「外向き」。同じ超高層ビルでも目的が違う。

ペトロナスの今

2026年現在、ペトロナスツインタワーは世界最高峰ではない。2004年に台北101に抜かれ、その後ブルジュ・ハリファ、上海タワーなどに次々と記録を更新された。

でもペトロナスツインタワーの「役割」は変わっていない。KLのスカイラインの中心であり、マレーシア人のアイデンティティの一部になっている。国民の多くがツインタワーに愛着を持ち、「KLといえばペトロナス」というイメージは定着した。

高さの記録は失われても、シンボルとしての機能は残り続ける。

ペトロナスツインタワーは「世界一高いビル」として生まれたが、その真の価値は高さではなく、「マレーシア人が自分たちの国を誇りに思えるようになった」という心理的効果にある。物理的な建造物が国民の精神的インフラになるという現象は、日本人が東京タワーやスカイツリーに感じる親しみとも通じるものがある。ただしペトロナスの場合、その感情はもっと切実だ。「後進国」と呼ばれていた国が、自力で世界一を取った——その記憶は、記録が塗り替えられた後もマレーシア人の中に残っている。

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