マレーシアの高速道路はなぜ安いのに渋滞するのか——コンセッション契約の経済学
KLの通勤者が毎日通る有料高速道路。料金は日本の10分の1以下だが渋滞は東京以上。コンセッション契約の仕組みと、安い料金が渋滞を生む逆説を読み解く。
この記事の日本円換算は、1MYR≒32円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(MYR)の金額を基準にしてください。
KLの有料高速道路の通行料は、20km走ってMYR 2〜5(約64〜160円)程度。日本の高速道路が同じ距離で500〜800円かかることを考えると、文字通り桁が違う。しかしこの安さが、逆にKLの渋滞を世界最悪レベルにしている。
安すぎる料金が車を呼ぶ
経済学の基本原則がそのまま当てはまる。道路の利用料が安ければ、利用者は増える。KLの有料高速道路は安すぎるために、公共交通機関との価格差が小さくなり、多くの人が自家用車を選ぶ。TomTomの交通渋滞指数(2024年)ではKLは世界で上位に入る常連だ。
朝7時〜9時のLDP(Lebuhraya Damansara-Puchong)やFederal Highwayの渋滞は、通常時の3〜5倍の所要時間になる。KL中心部から15kmのペタリンジャヤまで、空いていれば20分の距離が1時間以上かかる。
コンセッション契約の仕組み
マレーシアの高速道路の大半は、政府とコンセッション企業の間の長期契約で運営されている。企業が道路を建設・運営し、通行料で投資を回収する。契約期間は30〜50年。
料金改定はコンセッション契約に定められているが、政治的な理由で値上げが先送りされることが多い。政府は値上げを認める代わりに補償金を支払うケースもある。つまり税金で高速道路の安さを維持しているわけだ。
PLUS(Projek Lebuhraya Utara-Selatan)は南北高速道路を運営するマレーシア最大のコンセッション企業で、KL-ジョホールバル間(約350km)の通行料はMYR 50.40(約1,613円)。日本なら同じ距離で8,000円以上かかる。
Touch 'n Goカードの世界
高速道路の通行料支払いにはTouch 'n Go(TnG)カードが必須だ。日本のETCに相当するが、プリペイド式でチャージが必要。最近はeWalletアプリからのオンラインチャージが主流になっている。
TnGカードはSPG 10(約320円)で購入でき、高速道路だけでなくLRT・MRT・駐車場・コンビニでも使える。KL在住者にとって財布より先に持ち歩くものだ。
渋滞の本当のコスト
通行料は安いが、渋滞で失う時間のコストは大きい。KLの平均通勤時間は片道40〜60分。年間の渋滞による経済損失は数十億リンギットと試算されている。
これは鉄道の話とセットで考える必要がある。KLのMRT・LRTの路線網はまだ発展途上で、郊外の住宅地と都心を結ぶ路線が足りない。鉄道の駅からラストワンマイルの移動手段も乏しい。結果、車を持っている人は車で通勤し、高速道路が安いから高速道路を使い、渋滞がさらに悪化するというループが回り続けている。
安い高速道路は「車社会の補助金」として機能している。料金を上げれば渋滞は緩和するが、政治的にそれは難しい。この袋小路はKL在住者の日常そのものだ。