米の自給率が半分を割りかけている国で、米は主食である——マレーシアの食料安全保障の綱渡り
マレーシアの米の自給率は2020年の62.1%から2024年に52.9%まで低下した。ナシ・ルマもナシ・チャンプルも米が前提の食文化を持つ国で、なぜ自給率が落ち続けているのかを構造から読む。
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マレーシアの食事は、ほぼ必ず米から始まる。
ナシ・ルマ、ナシ・チャンプル、ナシ・ゴレン、ナシ・カンダール。「ナシ」は米の飯だ。マレー系もインド系も華人系も、それぞれの様式で米を主食にしている。三つの食文化が交わる国で、米は共通の土台になっている。
その国の米の自給率が、統計局(DOSM)のデータで2024年に52.9%まで下がった。2020年は62.1%、2023年は56.2%。4年で約9ポイント落ちている。2024年の籾生産量は前年比5.3%減の206万トンだった。
つまり、国民が食べる米の半分近くを輸入している。しかも比率は年々悪化している。
「自給率を上げる」目標が繰り返し外れてきた
政府がこの状況を放置してきたわけではない。
第11次マレーシア計画では2025年までに自給率75%が目標とされ、国家アグロフード政策2021-2030では80%が掲げられている。だが専門家の見方では、75%の達成はますます現実的でなくなっている。実績が52.9%なのだから、目標との差は20ポイント以上ある。
目標が外れ続けるとき、疑うべきは意志ではなく前提だ。何かが構造的に効いていない。
収量が上がらない
最も直接的な原因は、単位面積あたりの収穫量だ。
マレーシアの全国平均の籾収量は、2022/2023年で1ヘクタールあたり約4.0トンにとどまっている。ベトナムの平均は5.69トン程度だ。同じ熱帯モンスーン気候で、同じ稲を育てて、収量に3割以上の差がある。
興味深いのは、マレーシア国内に高収量の地域が存在することだ。主要穀倉地帯の一つであるIADAバラット・ラウト・スランゴールでは、2020/2021年の主作期にピークで1ヘクタールあたり7.7トンを超えた。
同じ国の中で、4.0トンと7.7トンが並存している。技術的な上限が4トンなのではない。水管理が整い、種子と肥料の投入が適切で、栽培管理が行き届いた場所では倍近く取れる。
これが意味するのは、問題が農学ではなく運営にあるということだ。灌漑施設の保守、水路の配分、農業指導の到達度、農地の集約度。こうした運営品質の差が、そのまま収量の差になっている。
品種を改良しても、水が来なければ実らない。肥料を配っても、撒く時期を外せば効かない。生物の生産性は、周辺の仕組みの品質に律速される。
単一の輸入業者という設計
もう一つ、この国の米には特徴的な制度がある。
BERNASという企業が、長年にわたって国内唯一の米輸入業者として機能してきた。年間で最大80万トン規模の米を、ベトナム、タイ、パキスタン、インドといった輸出国から輸入している。
なぜ一社に集約したのか。理屈はある。米は価格が政治的に敏感な商品だ。価格が急騰すれば、都市の低所得層が直接打撃を受ける。輸入を一元管理すれば、政府は在庫と価格を制御しやすい。緊急時に放出する備蓄も、一社が管理していれば動かしやすい。
同時に、この構造は農家保護の役割も持っていた。輸入を制限することで、国内の籾価格が輸入米に押し下げられるのを防ぐ。
そして政府は価格の上限も設定している。農業・食料安全保障省(KPKM)は、補助対象の国産白米(BPT)について、小売価格の上限が1キロ2.60リンギット(約101円)に維持されているかを継続的に監視している。輸入白米についても、BERNASは半島マレーシアの倉庫渡し価格を1トン3,000リンギット(約117,000円)から2,800リンギット(約109,200円)へ引き下げる措置を2024年12月1日から実施した。
独占による安定と、独占による硬直。この制度をめぐっては、輸入の独占を解くべきだという議論と、解けば農家の生活が悪化するという反論が並行している。マレーシア経済研究所の分析でも、独占を崩す動きが農家の福祉に逆に跳ね返る可能性が指摘されている。
上限価格が農地を減らす
ここに、価格統制がもたらす連鎖がある。
国産白米に小売価格の上限があるということは、その米をつくる農家の売値にも天井があるということだ。肥料代や燃料代や人件費は国際市場で上がるが、売値は政策で抑えられている。
すると農家の利益率が薄くなる。薄い利益率で農業を続けるのは、他の選択肢がない人だけになる。若い世代は都市に出る。田は荒れ、あるいは別の用途に転換される。パーム油のプランテーションのほうが収益が高ければ、その方向に流れる。
自給率を上げたいという政策目標と、米価を抑えたいという政策目標が、同じ農地の上で衝突している。消費者を守ることと生産者を増やすことが、短期的には逆を向く。
食料安全保障という言葉は、たいてい「有事に困らないように」という文脈で使われる。だが実際に自給率を決めているのは、平時の価格構造だ。緊急時の備蓄より、普段の利益率のほうが農地の面積を決める。
食べる側から見るとどうなるか
在住者の生活に落とすと、いくつか見え方が変わる。
スーパーの米売り場には、国産と輸入が並んでいる。価格帯が違い、袋の表示も違う。上限価格の対象になっている国産白米は、探せば安い。だが実際に棚にあるかどうかは店によって差がある。輸入のジャスミンライスやバスマティのほうが選択肢が多い店も珍しくない。
ママック屋台やナシ・チャンプルの店で出てくる米は、ほぼ輸入米だ。原価管理の観点で、飲食店は安定供給される輸入米を使う。つまりマレーシアの外食で食べる「ナシ」の多くは、タイやベトナムやパキスタンの田で育った米だ。
そして、この構造は国際情勢に直結している。2023年にインドが一部の米の輸出を制限したとき、東南アジア各国の米価が動いた。輸入依存度が高い国は、他国の国内政策の影響を直接受ける。マレーシアの米棚の値段は、自国の田より他国の政策に左右される部分が大きい。
主食の自給という理想の重さ
米の自給率100%という目標を掲げる国は多い。だが達成している国は少ない。日本も、飼料を含めた食料全体の自給率で見れば低い。
マレーシアの場合、地理的な条件がさらに厳しい。国土の多くが熱帯雨林か丘陵で、平坦で水が引ける農地は限られている。その限られた農地を、パーム油、ゴム、米、野菜が競合して使っている。パーム油は国際市場で高く売れる。米は国内の上限価格で売る。土地は収益の高い用途に流れる。
市場の論理と食料安全保障の論理は、この国の農地の上で正面からぶつかっている。
朝食のナシ・ルマの皿を見るとき、その米が半分の確率で外国から来ていると知っていると、この国の食卓の風景が少し違って見えてくる。そういう読み方もできる。