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略奪品を返すか、展示し続けるか——オランダの博物館が直面する植民地主義の清算

オランダの博物館が植民地時代に収集した文化財の返還問題に揺れている。国立美術館の展示変更から見える、歴史の語り直しの現在地を追います。

2026-05-17
植民地博物館歴史インドネシア文化財返還

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アムステルダム国立美術館(Rijksmuseum)には、17世紀オランダ黄金時代の絵画が並んでいる。レンブラント、フェルメール、フランス・ハルス。世界中から観光客が押し寄せるこのコレクションの裏側に、近年、居心地の悪い問いが突きつけられている。「この黄金時代の富は、どこから来たのか」。

「黄金時代」の呼び方を変えた美術館

2019年、アムステルダム市立美術館(Amsterdam Museum)は「黄金時代(Gouden Eeuw)」という用語の使用をやめた。理由は、その「黄金」がオランダ東インド会社(VOC)による植民地支配、奴隷貿易、資源の搾取によって築かれたものであり、被支配者側にとっては黄金でも何でもなかったからだ。

国立美術館もアジア館の展示を大幅に改訂し、植民地支配の暴力性を正面から扱う展示を増やした。「誰の視点で歴史を語るか」という問題が、展示室の壁一枚一枚に反映されるようになっている。

文化財返還——スリランカの大砲、インドネシアの宝石

2023年、オランダ政府はインドネシアとスリランカに対し、植民地時代に持ち出された文化財の返還を正式に開始した。返還対象には、ロンボクの宝物(1894年のオランダ軍による略奪品)や、スリランカから持ち出された大砲が含まれている。

返還の基準として設けられたのは「自発的に譲渡されたものではなく、軍事行動や権力関係の下で取得されたもの」という原則だ。ただし、どの収蔵品がこの基準に該当するかの判断は容易ではない。取得経緯の記録が不完全なものも多く、一件ずつ調査が進められている。

熱帯博物館の変貌

アムステルダムの熱帯博物館(Tropenmuseum)は、もともとオランダの植民地政策を正当化するための施設として1926年に開館した。「植民地の文化を紹介する」という名目で収集された展示品は、支配者の視点で整理されていた。

現在の熱帯博物館は、展示のほぼすべてを「植民地支配の被害者側の視点」から再構築している。インドネシアの独立運動、スリナムの奴隷制度、カリブ海の砂糖プランテーション——かつて「文明化の使命」として語られていたものが、暴力と搾取の記録として展示されている。

在住者として感じる「歴史との距離感」

オランダに住んでいると、この議論が日常に染み出してくる場面がある。学校の歴史教育では植民地支配を「偉業」ではなく「暴力の歴史」として教えるカリキュラムが広がっている。街の通りの名前がVOCの総督にちなんだものから変更される動きもある。

一方で、「過去を否定しすぎるのは行き過ぎだ」という反発も根強い。VOCに関わった先祖を持つ家庭は多く、自分のルーツを「悪」として断罪されることへの抵抗がある。この分断はオランダの政治にも反映されていて、右派政党は「自虐史観」として批判し、左派政党は「正面から向き合うべき歴史」として推進する。

日本人として見ると何が見えるか

日本にも同様の問題がある。戦時中に朝鮮半島や中国から持ち出された文化財の返還問題は、外交上の争点であり続けている。オランダの返還プロセスを見ていると、「過去の行為を認め、具体的な手続きで対応する」というアプローチの一例として参考になる部分がある。

博物館を訪れるとき、展示品の「美しさ」だけでなく「来歴」に目を向けると、同じ作品の見え方がまったく変わる。オランダの博物館は、その問いを観客に投げかけることを恐れなくなっている。その姿勢自体が、一つの見るべきものだと思う。

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