ドロップ——オランダ人が年間2kgも食べる「世界一まずいお菓子」の謎
オランダ人が愛する黒い飴「ドロップ」は、外国人には衝撃的な味です。塩味リコリスを1人年間約2kg消費するこの国の味覚と、その文化的背景を探ります。
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オランダ人の同僚が「お菓子食べる?」と差し出した黒い飴を口に入れた瞬間、日本人の多くは固まります。甘くない。苦い。そしてなぜか塩辛い。しかもアンモニアのような刺激がある。
「ドロップ(Drop)」。オランダ人が世界で最も多く消費するリコリス菓子です。1人あたり年間約2kg(European Association of the Flavour Industry推計)。
リコリスとは何か
ドロップの主原料は甘草(リコリス、Glycyrrhiza glabra)の根から抽出されたエキスです。甘草自体は漢方薬の原料としても知られ、日本人にも馴染みがありますが、オランダのドロップに使われる甘草エキスは、砂糖の50倍の甘さを持つ一方で独特の薬臭さがあります。
そこに加わるのが「サルミアッキ(Salmiak)」——塩化アンモニウムです。この塩化アンモニウムが、ドロップに独特の塩辛さと刺激を加えます。スカンジナビア諸国でも「サルミアッキ」として同系統の菓子が食べられていますが、消費量ではオランダがトップです。
スーパーの棚が真っ黒
アムステルダムのアルバート・ハイン(Albert Heijn)やユンボ(Jumbo)のスーパーマーケットに行くと、菓子コーナーの一角がドロップで埋め尽くされています。種類は数十種類。
- Zoet(ゾゥト: 甘い): 砂糖入り。外国人にはこれがギリギリ食べられるライン
- Zout(ゾウト: 塩辛い): 塩化アンモニウム入り。初見では口から出す人が多い
- Dubbel Zout(ダブルゾウト: 超塩辛い): 塩化アンモニウム増量版。外国人には拷問に近い
- Muntdrop(ムントドロップ): コイン型の定番。Autodrop社が有名
- Katjesdrop(カチェスドロップ): 猫の形をした甘口ドロップ
価格帯は1袋(200〜300g)で1.50〜3.50EUR(約240〜560円)程度。
なぜオランダ人は好きなのか
「なぜ好きなのか」——この質問をオランダ人にすると、たいてい「好きだから」としか返ってきません。味覚の好みは幼少期に形成されるもので、オランダの子どもたちは物心つく前からドロップを食べて育ちます。
文化的な要因としてよく挙げられるのは、甘草が中世ヨーロッパで薬用として広く使われていたこと。喉の痛みや消化不良に効くとされ、薬局が甘草を飴にして販売したのが起源のひとつです。
北ヨーロッパ——オランダ、ドイツ北部、デンマーク、フィンランド——にリコリス愛好者が集中しているのは、この地域の薬用ハーブ文化と関連があると考えられています。
外国人の「ドロップ試練」
オランダに住む外国人にとって、ドロップは一種の通過儀礼です。オランダ人の友人や同僚が、満面の笑みで「Dubbel Zout」を差し出してくる。食べて顔をしかめるリアクションを見て笑う——これはオランダの職場で繰り返される定番の光景です。
在住日本人の中で「ドロップが好きになった」という人は少数派です。しかし、数年住んでいるうちに「Zoet(甘口)」だけは食べられるようになる人はいます。「食べられるようになった」ことをオランダ人に伝えると、妙に嬉しそうな顔をされます。
ドロップと健康
甘草にはグリチルリチン酸が含まれており、過剰摂取すると血圧上昇やカリウム低下のリスクがあります。オランダ栄養センター(Voedingscentrum)は、成人で1日4gまで(甘草エキス換算)を推奨しています。
1人年間2kgという消費量は、この基準に照らすとかなり攻めた数字です。オランダ人に「食べすぎでは?」と聞くと、「大丈夫、ドロップはほぼ毎日食べるものだから」という循環論法が返ってきます。
黒くて塩辛くて薬臭い。世界中の外国人を困惑させるこの菓子が、この国の「普通」です。ドロップを理解するのは、オランダ文化を理解する第一歩——とまでは言いませんが、少なくともオランダ人との距離を縮める話題にはなります。