オランダの住宅待機リスト、平均12年の現実
アムステルダムの社会住宅待機期間は平均12年超(推定)。なぜオランダはこれほどの住宅不足に陥ったのか。政策の失敗、人口集中、土地の物理的制約を掘り下げる。
この記事の日本円換算は、1EUR≒163円で計算しています(2026年5月時点)。為替は変動するので、現地通貨の金額を基準にしてください。
「福祉国家オランダ」というイメージとは裏腹に、アムステルダムの社会住宅(社会的賃貸住宅、社会住宅)の待機期間は平均10〜15年に達すると言われている(推定)。これは誇張ではなく、多くの在住者が実際に経験していることだ。
なぜ、住宅政策で先進的と見られてきた国が、ここまで深刻な住宅不足に陥っているのか。
社会住宅の割合が高いがゆえの逆説
オランダは全住宅ストックの約28%が社会住宅(Sociale huurwoning)という、ヨーロッパでも突出して高い割合を誇る(推定)。これは低・中所得者向けに家賃上限を設けた公共的住宅で、民間賃貸より大幅に安い。
この「良すぎる条件」が問題を生んだ。一度入居した人が出て行かない。収入が上がっても住み続ける人が多く、本当に必要な人に回らなくなった。近年は収入制限を設けて「高収入者は退去」という政策が導入されているが、ストック自体の不足は解消されていない。
土地が「ない」のではなく「使えない」
オランダの国土面積は九州より少し小さい。海面下の土地を干拓して作ったポルダー地帯が多く、建設に適した土地が限られる。
ただしより根本的な問題は、土地利用の規制の複雑さにある。農業用地、自然保護区、窒素排出規制(Stikstofcrisis)による建設制限が重なり、新規住宅建設が計画通りに進まないことが多い。2019年以降、窒素問題で数千件の建設プロジェクトが停止または遅延した。
民間賃貸の高騰
社会住宅に入れない人は民間賃貸市場に流れる。その結果、アムステルダムの民間賃貸ワンルームは月1,500〜2,500EUR(約24〜41万円)が相場になっている(推定・時点によって変動)。
2023年には「中間賃貸規制法」が施行され、中間所得層向けの賃貸住宅に家賃上限が設けられた。家主が規制をきらって売却に転じ、逆に賃貸物件が減ったという報告もある。規制と市場の摩擦が、問題をより複雑にしている。
外国人駐在員が直面する現実
大手企業の駐在員は法人契約でアパートを確保できることが多いが、個人で賃貸を探すのは別の話だ。内覧に数十人が集まり、その場で決定を求められることもある。家賃3ヶ月分の保証金に加え、収入証明、雇用契約書、前の大家の推薦状まで求められるケースもある。
自由業や起業家は審査が通りにくく、短期賃貸(Airbnb的なもの)に頼らざるを得ない人も多い。アムステルダム市はAirbnbの稼働日数を年間30日に制限しているため、それも市場から消えつつある。
郊外化と通勤の変化
解決策として多くの人が選ぶのが郊外だ。ユトレヒト、ハーグ、ズウォレ、ハーレムなどは、アムステルダムより家賃が安く、鉄道で30〜60分で通勤できる。コロナ後のリモートワーク普及で郊外人気はさらに上がったが、それが郊外の家賃も押し上げるという波及効果を生んでいる。
住宅問題は「アムステルダムの問題」ではなく、オランダ全土の問題になりつつある。
待機リスト12年という数字は、社会住宅政策の理想と現実の距離を示している。福祉の手厚さと市場の機能不全が同じコインの裏表として存在する——これがオランダ住宅事情の核心だ。