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アイントホーフェン:フィリップスが去った後の「デザイン首都」

かつてフィリップスの企業城下町だったアイントホーフェンは、今やヨーロッパ有数のデザイン・テック都市に変貌した。その転換の歴史と現在の姿を紹介する。

2026-06-08
アイントホーフェンデザインフィリップステック

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オランダで「デザイン」といえば、アムステルダムよりアイントホーフェンを挙げるべきかもしれない。人口約23万人のこの都市は、毎年10月に開催されるオランダ・デザイン・ウィークに世界中からデザイナーが集まる場所だ。

しかしこの都市の素顔は、観光パンフレットより少し複雑だ。

フィリップスという巨人の遺産

アイントホーフェンは20世紀のほとんどの期間、フィリップス(Philips)の企業城下町だった。同社の創業者ヘラルト・フィリップスが1891年にここで電球工場を開いた。最盛期には市の労働者の大半がフィリップスに直接・間接的に雇用されていたと言われる(推定)。

1990年代以降、フィリップスは製造部門を海外にシフトし、本社機能もアムステルダムに移した。突然の空洞化に直面した市は、フィリップスが残した工場群を「デザイン地区(Strijp-S)」として転用するプロジェクトを始めた。

ストライプSとクリエイティブ経済

フィリップスのかつての工場群があったストライプS(Strijp-S)地区は、現在スタジオ、ギャラリー、スタートアップオフィス、レストランが入り混じる再開発エリアになっている。レンガ造りの工場建築を残したまま内部を改装した空間は、アムステルダムのウエスタードックやホレンドレヒト地区と似た雰囲気がある。

デザイン学校「デザインアカデミー・アイントホーフェン(Design Academy Eindhoven)」は世界のデザイン教育機関の中でも特異な位置を占め、概念的・批評的なデザインで知られる。ここの卒業生がヨーロッパのデザイン産業に多く散らばっている。

ブレインポートという構想

アイントホーフェン周辺地域は「ブレインポート(Brainport)」という産学連携エリアとして整備されてきた。ASML(半導体製造装置)、NXP(半導体)、DAF(トラック)などの技術系企業が集積し、エインデホーフェン工科大学(TU/e)がその知識基盤を支える。

ASMLは現在、世界の半導体産業に不可欠な極紫外線(EUV)露光装置を実質独占供給しているとされ(出典:ASML社IR資料)、その本社と主要工場がアイントホーフェン近郊にある。フィリップスの後を継ぐ形で、別の種類の「世界を変える産業」がこの地に根を下ろした。

アムステルダムとの違い

アムステルダムが金融・物流・観光のハブであるのに対し、アイントホーフェンは製造とデザインと技術が混在する都市だ。家賃はアムステルダムの半額以下という試算もあり(推定)、若いデザイナーやエンジニアが選ぶ都市として注目されている。

オランダに住む日本人にとってアイントホーフェンはあまり馴染みのない都市かもしれないが、「工業都市からクリエイティブ都市への転換」という文脈でヨーロッパの都市政策を考えるうえで示唆的な事例だ。

フィリップスが去り、ASMLが残り、デザイナーが来た。産業の退潮を文化の資源に変えた都市の再生は、まだ途上にある。

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