アイントホーフェン——フィリップスが去った後のテクノロジー都市の再生
電球メーカーの企業城下町だったアイントホーフェンは、フィリップス本社移転後にどう変わったのか。Brainport構想と、アムステルダムとは異なるテック都市の生態系を辿る。
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オランダで最も特許出願件数が多い都市はアムステルダムではない。人口約24万人のアイントホーフェン(Eindhoven)だ。人口あたりの特許数ではヨーロッパ全体でもトップクラスに入る。この街の歴史を辿ると、「企業城下町の死」と「テック都市への転生」という都市再生の教科書のような物語が見えてくる。
フィリップスの街
アイントホーフェンは1891年にフィリップス兄弟が電球工場を設立した場所だ。20世紀を通じて、街の経済・文化・インフラはフィリップスを中心に回っていた。サッカースタジアム(PSV=Philips Sport Vereniging)も、街の照明も、労働者住宅も、全てがフィリップスと結びついていた。
しかし2000年代に入り、フィリップスは本社をアムステルダムに移転。工場も次々と閉鎖された。企業城下町が親企業を失う——日本でも夕張や釜石で見てきた光景だ。
Brainportという賭け
アイントホーフェンが選んだのは「工場跡地をテクノロジーのハブにする」という戦略だった。Brainport Eindhovenと名付けられたこの構想は、アムステルダムの「Seaport(港)」、ロッテルダムの「Mainport(物流)」に対する第三極として位置づけられている。
中核になったのがHigh Tech Campus Eindhoven。フィリップスの研究施設を開放し、複数の企業・スタートアップが共有する研究開発キャンパスに転換した。現在は約250社、1万人以上の研究者が集まる。ASML(半導体露光装置で世界シェア80%以上)、NXP Semiconductors、DAF Trucksなど、ニッチだが世界トップの企業がここに拠点を構えている。
ASMLという存在
アイントホーフェンを語る上でASMLは避けて通れない。EUV(極端紫外線)リソグラフィ装置を世界で唯一製造できる企業で、時価総額はヨーロッパのテック企業の中でもトップクラス。1台数百億円する装置を年間数十台しか作らない。
ASMLの存在がアイントホーフェンの人口構成を変えた。世界中から半導体エンジニアが集まり、住宅需要が急増し、家賃が上昇している。市内のExpat比率は約30%とされ、アムステルダムに匹敵する国際性を持つ。
アムステルダムとの違い
アムステルダムのテックシーンが金融・マーケティング・SaaS寄りなのに対し、アイントホーフェンはハードウェア・半導体・光学・ロボティクスなどの「ものづくり系テック」に強い。ソフトウェアエンジニアよりも物理・材料・精密機械のエンジニアが多い街だ。
家賃はアムステルダムより安い。2024年時点で、アムステルダムの1ベッドルーム中心部が月€1,800〜2,200(約288,000〜352,000円)程度なのに対し、アイントホーフェンは€1,200〜1,500(約192,000〜240,000円)程度。ただし急速に上昇中で、5年前と比べると30〜40%上がっている。
企業城下町が死なないための条件
アイントホーフェンの再生が成功した要因を一つ挙げるなら、「フィリップスが完全に消えたわけではない」ことだろう。本社は移転したが研究施設は残し、キャンパスを開放した。企業城下町のインフラと人材ネットワークが、新しい生態系の土壌になった。
日本の地方都市で「工場が撤退した後どうするか」という議論をする際に、アイントホーフェンの事例は参考になる。ただし、ASMLのように世界的な独占企業が隣にいるという幸運を再現するのは難しい。再生には戦略と幸運の両方が要る。