ジンの起源はオランダにある——ジュネヴァと蒸留酒の500年史
世界中のバーで飲まれるジン(Gin)の起源は、オランダの蒸留酒ジュネヴァ(Jenever)です。16世紀の薬用酒から始まり、英蘭戦争を経てロンドンに渡った蒸留酒の歴史をたどります。
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バーで「ジントニック」を頼むとき、その「ジン」がオランダ生まれだと知っている人はどのくらいいるでしょうか。ジン(Gin)の語源はオランダ語の「Jenever(ジュネヴァ)」。そしてジュネヴァの語源はジュニパーベリー(杜松の実)を意味するラテン語「Juniperus」です。
つまり、世界で最も飲まれているスピリッツの一つは、低地の国で生まれた薬用酒がルーツです。
16世紀:薬としての蒸留酒
ジュネヴァの起源は16世紀のネーデルラント。当時、蒸留酒は医師や薬剤師が処方する「薬」でした。ジュニパーベリーを浸漬した蒸留酒は、腎臓の痛みや胃の不調に効くとされていた。
最初期のレシピに関する記録は、フランドル(現在のベルギー北部)の蒸留業者に遡ります。穀物ベースの蒸留酒にジュニパーベリーを加えるという単純な製法ですが、当時は製造に免許が必要で、薬局(Apotheek)で販売されていました。
やがて「薬」としてではなく「嗜好品」として飲まれるようになり、17世紀にはオランダ全土の蒸留所で生産されるようになります。
17世紀:黄金時代と蒸留所の繁栄
オランダ黄金時代(Gouden Eeuw)、アムステルダムは世界貿易の中心地でした。東インド会社(VOC)の船員たちはジュネヴァを船に積み込み、航海中の「燃料」にしていた。
スキーダム(Schiedam)という港町が、ジュネヴァ生産の一大拠点になりました。最盛期の19世紀にはスキーダムに約400の蒸留所があり、人口約3万人の町にあるとは信じられない数です。蒸留所の高い煙突が並ぶ景観は「スキーダムの風車」と呼ばれ、町のシンボルになっていました(実際には風車ではなく穀物を粉砕するための施設)。
現在もスキーダムにはジュネヴァの蒸留所が残っており、Noletは世界的なプレミアムジンブランド「Ketel One」の生産拠点としても知られています。
英蘭戦争とジンのロンドン上陸
ジュネヴァがイギリスに渡ったのは、17世紀後半。きっかけは1688年の名誉革命です。オランダ総督ウィレム3世(William of Orange)がイギリス王に即位した際、オランダ文化が大量にイギリスに流入した。ジュネヴァもその一つです。
イギリス人は「Jenever」を「Geneva」と呼び、さらに短縮して「Gin」と呼ぶようになりました。
18世紀初頭のロンドンでは「ジン・クレイズ(Gin Craze)」と呼ばれる社会問題が発生します。安価なジンが大量生産され、貧困層を中心に過剰飲酒が蔓延した。ウィリアム・ホガースの版画『ジン横丁(Gin Lane)』(1751年)は、ジンに溺れるロンドンの貧民街を描いた風刺画として有名です。
ジュネヴァとジンの違い
現代のジュネヴァ(Jenever)とロンドン・ドライ・ジン(London Dry Gin)は、同じルーツを持ちながら全く異なる飲み物に進化しています。
| ジュネヴァ | ロンドン・ドライ・ジン | |
|---|---|---|
| ベース | 麦芽ワイン(Moutwijn)+ 穀物スピリッツ | ニュートラル・スピリッツ |
| 味わい | モルティ、まろやか、ウイスキーに近い | ドライ、シャープ、ジュニパーが際立つ |
| 飲み方 | ストレート(チューリップ型のグラスで) | カクテルベース(ジントニック等) |
| 種類 | Oude(古い製法)、Jonge(新しい製法) | 各ブランドのボタニカル配合で差別化 |
「Oude」と「Jonge」は熟成期間ではなく製法の違いです。Oudeは麦芽ワインの比率が高く、味が重い。Jongeは穀物スピリッツの比率が高く、軽い。日本で流通しているジンのほぼ全てがロンドン・ドライ・ジン系なので、初めてジュネヴァを飲むとその「重さ」に驚くかもしれません。
オランダでジュネヴァを飲む
アムステルダムでジュネヴァを体験するなら、Proeflokaal A. van Wees(Herengracht)やWynand Fockink(Dam広場近く)のような伝統的な試飲バー(Proeflokaal)がお勧めです。
作法があります。チューリップ型の小さなグラスに縁ギリギリまでジュネヴァを注ぎ、最初の一口はグラスをテーブルに置いたまま、口をグラスに近づけて啜る。手で持ち上げるとこぼれるから、という実用的な理由です。この所作を「kopstoot(頭突き)」と呼びます。ビールのチェイサーと一緒に飲むスタイルです。
ジントニックを注文するのは自由ですが、Proeflokaalでは「ストレート」が正道。ロンドンの洗練されたジンカクテルの裏に、スキーダムの港町で船員が飲んでいた重い麦芽酒がある。その距離感が、ジュネヴァの面白さです。