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11都市200km——オランダ人が凍った運河の上を走る日を待ち続ける理由

エルフステデントホト(Elfstedentocht)はフリースランド州の11都市を結ぶ200kmのアイススケートレースです。最後の開催は1997年。天然氷の厚さが15cm以上にならないと開催できないこのレースを、オランダ人はなぜ30年近く待ち続けているのかを探ります。

2026-05-11
スケートエルフステデントホト

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オランダ人に「Elfstedentocht」と言うと、目の色が変わります。最後に開催されたのは1997年1月4日。それから30年近く、一度も開催されていない。しかし、毎年冬が近づくと「今年こそは」という期待がニュースを賑わせ、気温が氷点下に達するとSNSが沸騰する。

開催されないレースをこれほど待ち続ける国は、他にないでしょう。

Elfstedentocht とは

**Elfstedentocht(エルフステデントホト)**は、フリースランド州(Fryslân)の11都市を結ぶ約200kmのアイススケートレース&ツアーです。参加者は凍結した運河・湖・水路の上を滑走し、11都市のチェックポイントを通過してスタート地点のレーワルデン(Leeuwarden)に戻ってきます。

ルールは単純。天然氷の厚さが全ルートにわたって最低15cm以上であること。これが開催の絶対条件です。

1909年に第1回が開催されて以来、過去に15回しか開催されていません。最も開催頻度が高かったのは1940年代で、1941年と1942年に連続開催。1963年の大会は「地獄のエルフステデントホト」と呼ばれ、出発した約1万人のうちゴールできたのは約69人でした。気温がマイナス18度まで下がり、多数の参加者が凍傷や低体温症で棄権した。

1997年——最後の開催

1997年1月4日の大会には、約1万6,000人が参加。優勝者はヘンク・アンゲニス(Henk Angenent)。ゴールタイムは6時間49分。この日、沿道には約200万人の観客がフリースランドに押し寄せ、テレビ視聴者数は900万人を超えました。人口約1,550万人(当時)の国で、半数以上がこのレースを見ていた計算です。

それ以降、フリースランドの冬は暖かくなり続け、全ルートで15cmの天然氷が確保できる年は訪れていません。

気候変動と「もう開催できない」問題

KNMI(オランダ王立気象研究所)のデータによれば、オランダの冬の平均気温は1900年代初頭と比較して約2度上昇しています。フリースランド州の運河が全面凍結する日数は激減し、仮に一時的に凍ったとしても200km全ルートで15cmの氷厚を維持するのは極めて困難になりました。

「もう二度と開催できないのではないか」——この問いに対し、Elfstedentochtを主催するKoninklijke Vereniging De Friesche Elf Steden(王立フリースランド11都市協会)は「条件が揃えば必ず開催する」と繰り返しています。組織は維持され、ルートの管理も続けられている。参加希望者のウェイティングリストには常時数万人が登録されたままです。

なぜオランダ人はこれほど執着するのか

エルフステデントホトは単なるスケートレースではなく、オランダのナショナル・アイデンティティの一部です。

オランダ語には「Schaatskoorts(スケート熱)」という言葉があります。冬に気温が下がると集団的に発症する「熱病」のこと。天然氷が張り始めると、職場では仕事が手につかなくなり、テレビはひたすら氷の厚さを報道し、ホームセンターではスケートの刃研ぎサービスに行列ができる。

歴史的に見れば、運河のスケートは中世オランダの冬の移動手段でした。17世紀の画家ヘンドリック・アーフェルカンプの絵画には、凍った運河の上で滑る人々が描かれている。スケートは貴族も農民も等しく行う庶民の娯楽であり、移動手段であり、社交の場だった。

その記憶が、エルフステデントホトという形で現代に残っている。

代替案と「それじゃない」感

近年、人工氷や屋内コースでの代替大会、オーストリアの湖での開催など、さまざまな代替案が提案されてきました。2012年にはオーストリアのヴァイセンゼーで「Alternative Elfstedentocht」が開催されました。

しかし、フリースランドのオランダ人はこれを「本物」とは認めません。フリースランドの運河の上を、フリースランドの11都市を通って滑る——この「場所」が本質なのであって、距離やスケートという行為だけでは代替にならない。

国土の26%が海面下にある国で、その水面が凍るほど寒い冬が来ることを祈っている。温暖化が進む世界で、寒さを待ち望んでいる。このねじれた感情が、エルフステデントホトをめぐるオランダ人の態度の核にあります。

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