空き家に住み着く権利——オランダのスクワッティング文化と2010年の転換点
オランダでは2010年まで、1年以上空いている建物に無断で住み着く行為(スクワッティング)が合法でした。なぜ「不法占拠」が法的に保護されていたのか。住宅危機との関係を含めて解説します。
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日本で「空き家に勝手に住み着く」と言えば不法侵入です。逮捕されます。しかし、オランダでは2010年まで、条件を満たせばこの行為——スクワッティング(Kraken)——が法的に保護されていました。
それどころか、スクワッターは社会運動の担い手であり、アムステルダムのカウンターカルチャーの一部を形成していました。
Krakenのルール
2010年以前のオランダでは、以下の条件を満たせばスクワッティングが合法でした。
- 建物が1年以上空き家であること
- スクワッターが建物にベッド、テーブル、椅子を持ち込み、「居住」の実態を示すこと
- 施錠を破壊しないこと(窓が開いている等、無施錠の状態で入ること)
これらの条件を満たしていれば、建物の所有者がスクワッターを追い出すには裁判所の命令が必要でした。警察はスクワッターを即座に排除することができなかった。
なぜこんな法律があったのか。背景には1960〜70年代の深刻な住宅不足と、投機目的で空き家を放置する不動産オーナーへの対抗措置がありました。「住む場所がない人がいる一方で、空き家が放置されている」——この不公正への回答が、Krakenの法的保護だった。
アムステルダムのスクワッターシーン
1970〜2000年代のアムステルダムは、ヨーロッパでも有数のスクワッター文化を持つ都市でした。
スクワッターたちは空き倉庫や工場を占拠し、そこをコミュニティスペース、ライブハウス、アートスタジオ、カフェに変えました。有名な例として:
- Vrankrijk(Spuistraat): 1982年にスクワットされたビル。現在も自主管理のカルチャーセンターとして存続
- OT301(Overtoom通り): 元映画学校をスクワットしたスペース。ライブ会場・シネマ・レストランとして現在も運営
- ADM(Amsterdamse Droogdok Maatschappij): 港湾地区の巨大な造船所跡。約20年間スクワッターのコミュニティが存在したが、2019年に立ち退き
これらのスペースは「不法占拠」であると同時に、アムステルダムの文化インフラの一部でした。新進アーティストの発表の場、オルタナティブ音楽のライブ会場、移民コミュニティの交流拠点。合法的な賃貸契約では成立しない活動が、スクワットによって可能になっていた。
2010年:スクワッティング禁止法
2010年、オランダ議会はスクワッティングを違法とする法律(Kraakverbod)を可決しました。1年以上の空き家であっても、無断で住み着くことは刑事罰の対象に。
禁止の理由は明確でした。不動産所有者の権利保護、公共の秩序、安全上の懸念。特にスクワッターとオーナーの間の暴力的な対立が増えていたことが立法の契機になっています。
しかし、皮肉なことが起きました。スクワッティングが禁止された後も、オランダの住宅不足は解消されていません。むしろ悪化しています。アムステルダムの社会住宅の待機リストは平均13年以上。自由セクターの家賃は高騰し続けている。
スクワッティングは住宅問題の「症状」への対処療法でした。症状を抑える手段がなくなっても、病気そのものは治っていない。
Anti-kraakとスクワッティングの遺産
禁止後に広がったのが「Anti-kraak(アンチクラーク)」。空き物件にスクワッターが住み着くのを防ぐため、管理会社が住人を月額200〜500EUR(約32,000〜80,000円)で配置する仕組みです。法的にはテナントの権利が限定的で不安定ですが、アムステルダムで月300EURで住める手段として留学生に人気があります。
Krakenが残した「住宅は権利であり、投機の対象ではない」という思想は、2024年施行の「手頃な家賃法(Wet betaalbare huur)」のルーツにも見える。VrankrijkやOT301は元スクワットから合法的な文化施設に移行し、今もアムステルダムのカルチャーシーンの一角を担っています。